幼い頃の記憶

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 そうしているとイアンは目の前の視線に気付く。顔を上げると王妃が自分を見ていた。 「……?」  首を傾げたイアンを見て皇后は「イアンは母親似ね」と微笑んだ。母の顔を知らないイアンはフォークを置いて、自分の頬を擦った。 「本当に優しい子だったのよ。(わたくし)が落ち込んでいる時に、ずっと手を握ってくれたの」 「大好きでした?」  イアンの問いに驚いたように一瞬だけ目が見開いたが「えぇ」と目が細くなる。その目に嘘はない。 「あの頃(わたくし)は王妃になったばかりで小娘だったし、それにまだ王太后は存命だったから。使用人へ禁じても私の目が届かない場所で酷い言葉を投げつけられていたようよ」 「守れなくてごめんなさいね」と王妃の言葉にイアンは激しく首を横に振った。イアンにとって顔を知らない本当の母親よりも血が繋がっていない王妃が彼にとって母だ。だから王妃が辛そうにしていると胸が痛くなる。  そうしていたら、急に王妃が何かを思い出したのか不機嫌そうに眉間に皺を寄せて 「私は言ったのよ、本当に好きなら手を離しては駄目って」  何の話か分からずにイアンは首を傾げた。隣に座るロイドの表情を見て、さっきの「監禁」発言の続きだと気付く。 「意気地なしよね。大国一の男が一人の愛する女を手元に置く事が出来なかったのよ。身分が低い云々なんて、私の実家の養女にすれば問題は解決したわ。この国で王家の次に身分が高いんだから。そして陛下はこの国の長なんだから、家臣やお義母様が反対しようが、彼らの言葉なんて退ければ良かったのよ、まして正室の私が反対していないんだから。それに私の発言より陛下の言葉の方に強みがある。それを彼はしなかった。あの二人が結婚したって誰も傷つかないのに、何を恐れていたのかしら。あの人はやる事やって孕ませる事は出来たというのに、肝心な所で弱腰になったの。重圧に負け、泣き言を言う彼女に寄り添って『俺が守る』と言えば良かったの。弱っている彼女を守り抜く事が出来ずに肝心な所で駄目だった。逃げられて、自分の知らないうちに感染病で亡くしてしまうのよ。ちゃんと監禁出来ていたら、あなたの母親は生きていたわ」 「母上。愛しているからといって監禁して良い筈ありません」 「本当にロイドは頭が固いわね」 「これは頭が固い云々の話ではなく、人間として言っているんです」 「安心なさい。私は息子の愛した女性が庶民でも反対しないわ。私の家の養女にして解決してあげる」 (孕ませる……?)  兄の表情を見れば良い言葉じゃない事くらいは分かる。  王妃は落ち着いたのか長い息を吐いた。彼女の目は遠くを見ていて重い空気が流れる。  重い空気を壊す為にロイドは決意を口にした。      ガタン!    椅子を勢い良く倒したイアンに庭に居る全員が注目をする。 「大人になったら兄上をお守りする騎士になります!」 (愛する、というのは女性に対してじゃなくても良いよね)  イアンは「騎士になる」そう宣言をした。  イアンはブラコン気味──気味と言うより正真正銘のブラコンだ。兄が王位を継いだら右腕として支えになりたいと思うほどに。  自分の髪は面白みがない真っ黒で、兄上は金色の髪に蜂蜜を溶かしたような金色の瞳。太陽のように眩しくて、誰でも明るく照らしてくれる。僕の真っ黒な髪も彼の隣にあれば輝きを放てる、そう思っていた。自分も金色の瞳をしているというのにイアンの目にはロイドの瞳の方が輝いて見えていた。 「兄上に騎士の誓いというのをしたいので、教えて下さい」  イアンはそう言って、背後に立つ騎士を見ようと腰を捻ると兄の笑い声で振り向くのを止めた。 「ははははっ! イアン、面白い事を言うね」  イアンはロイドを見た。ムッと口を曲げるとロイドは「馬鹿にしたわけじゃないよ」と自分の目尻に付いた涙を指で拭う。 「嬉しいけど、騎士の誓いはこれから出会う大事な人にとっておくべきだよ」 「兄上以上の人に出会わない! これからの人生、兄上を主君とし全てを捧げます!」 「まだ六歳じゃないか」  笑いながらロイドはイアンの髪をクシャクシャと掻き乱す。不機嫌そうに口を曲げているものの、擽ったそうに目を細めた弟を見てロイドは満足そうだ。  重い空気は一転し明るいムードが流れる。その雰囲気にイアンは心なしかホッと胸を撫で下ろした。  義母の様子が気になって彼女を見ると瞳の奥に恋しさと寂しさが見えた。寂しさとは別の何かが見えるものの、イアンにはそれがなんなのか分からない。 (母を認めていたと言っていたけど、本当かな? 本当は一番になれず寂しかったんじゃないのかな?)
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