結婚記念日 二日前

22/23

69人が本棚に入れています
本棚に追加
/69ページ
 イアンと私が「初の共同作業」で植えたから、きっと愛しく思えるのね。 (イアンに結婚記念日の朝に愛しているって言うわ)  目が覚めて、一日の始めに瞳が映す(イアン)に。 (そして、イアンが初恋の人って告げるの)  月夜のダンスを思い出してくれたら、嬉しいけど。 (でも、いきなり言うとびっくりするわよね……今まで言わなかったんだもん) 「私、言うわよ」って宣言した方が良いかしら? 「どうしましょう」と首を傾けてオリヴィアは手を黙々と動かし続けた。  ジャスミンの花々を長く編んで、それから輪っかにした。重なる所を茎で結んで、余った茎を隙間に入れ込んで目立たないようにする。 「完成だわ!」  オリヴィアは花冠を両手で掴んで顔の前に出した。子供の頃以来に編む花冠は、自分ながらに上手に編めた、とオリヴィアは思った。 「どう!?」  鼻息を荒くしながら、目の前に立つアンへオリヴィアは見せた。『イアンの為に編んだ』というのは気に食わないがオリヴィアが丹精込めて編んだ花冠だ、それを貶す筈がない。 「最高の出来です。女神が地上に落としてしまったかのようです。女神の冠です、それ」 「でしょ?」  噴水の水飛沫を背景に、花冠を自分の頭に乗せながらフフッと笑った姿は、可憐そのものだった。 ♦     「ねぇ、イアン。結婚記念日の朝に目が覚めてすぐ貴方に伝えたい事があるの」  グゥイン公爵夫妻の夕食の席。  メインディッシュを食べ終わって食後のデザートのプリンが置かれるのを待つだけだ。デザートを待っている僅かな時間にオリヴィアは意を決して自分の計画の核心に触れずに、イアンへ伝えた。  オリヴィアは、結婚記念日の朝に突然告白をするのではなく、前もって「伝えたい事がある」と告げる事にした。それだけでやり遂げた気になって、オリヴィアの胸にあるのは達成感だ。 (花冠、リンゴは揃える事ができたわ。黒い犬はもう諦めたわ)    どうやら計画通りに事が進んでいるようで、オリヴィアは心が弾む。  イアンの前で自分が「どれだけイアンを愛しているか」というプレゼンが上手く行きそうでオリヴィアは口元を歪ませた。  オリヴィア本来の性格は甘え上手で無邪気、活発で好奇心に溢れていた。サラが生きていた頃は、子供らしくおもいっきし甘えたし、笑顔が絶えない女の子だった。アンにはしょっちゅう止められたが、犬と庭を走り回って地面を転がって遊んでいたし、好奇心旺盛だから夜中に抜け出して一人で舞踏会へ行こうとした。そんな女の子が姉妹と皇帝から虐げられたせいで、本来の性格が封印されてしまう。それがイアンとの生活で徐々に戻りつつある。イアンへの告白計画が上手く行きそうで喜んでいるオリヴィアのしたり顔はイタズラが成功した子供のようだった。  イアンの背後に並ぶ給士の使用人二名はオリヴィアのその表情をバッチリと目撃していた。いつもは静かに微笑み、お淑やかな奥様が今はニヤニヤ笑っているのだから混乱するに決まっている。彼らは、オリヴィアの背後に並ぶ同僚二人へこの状況を知らせたくて、彼らの顔を見たのだが……彼らは逆に青褪めていた。口を固く閉ざし、誰にも視線を合わせないように俯いている。オリヴィアの真後ろに立つアンは鬼のような形相だ。イアンの背後に立つ使用人は、この状況が飲み込めなかった。  オリヴィア側の給士の使用人二名も飲み込めていなかった。イアンの表情は今にも死にそう──絶望に打ちひしがられていたのである。そして自分らの隣に立つアンは、何故だか憤怒していて顔面が怖い。  喜と憂と怒が入り混じった食堂は歪な空気となっていた。 「あっ」  空気を壊すように声を上げたのはオリヴィアだった。口元に手を当てて叫んだオリヴィアだけが、まだ状況が掴めていなかった。 (私、イアンのジョギング前か後か決めてなかったわ……)  目が覚めてから、っていうのはイアンが、なのか、私の目が覚めてからなのか、はっきりさせてない。 (詰めが甘いわ……)  拳でコツンと自分の頭を小突いた姿は可愛らしくて、見た人間にほっこりさせる。しかしながらこの感情を抱くのはイアン公爵の背後に立つ我々だけのようだ、と二人は視線だけ交わして無言を貫き通した。オリヴィア奥様の愛らしさだけ目にしておこう、俺ら。 「ねぇ、イアン! イアンがジョギングをする前が良いわ。だから早起きをするわね。私の事、起こしてくれる? イア……ンに早く……言いた……いも……の……?」    語尾が段々ゆっくりとした口調になって、疑問形になる。
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加