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オリヴィアはここで初めてイアンの顔を真正面からちゃんと捉えた。どうしてか、思い詰めた表情をしていて、オリヴィアは「どうしたの、イアン?」と首を傾げてイアンを覗き込んだ。
金色の双眸が一瞬だけ見開いたと思ったら、ギュッと閉じられた。
「なんだか顔色が悪いわ」
いつから、こういう状態だったのかしら、とオリヴィアはイアンを心配した。自分の計画を成し遂げる事に一生懸命で具合が悪そうにしている事に食事中気が付かなかった。
まるで、苦しんでいるように瞼を閉じるイアンに、オリヴィアは体温を測ろうと思って彼の額に掌を当てた。
「熱はなさそ」
うね、と続けようとしたら、イアンが急に立ち上がって最後まで言えなかった。
立ち上がったイアンを視線で追ってイアンをオリヴィアは見上げた。
「すまない、オリヴィア……具合が悪いようだから先に寝る事にするよ」
「イアン……デザートは?」
(デザートの心配をしているわけじゃないのに……)
いつもと違う様子のイアンにオリヴィアは面食らってしまって、ついイアンの背後に給士の従僕がプリンを運ぶ姿が目に入って口に出てしまった。
「オリヴィアが食べてくれ」
「イアン、違うの。プリンじゃなくて」
誤解を解こうとして、立ち上がったイアンの手を掴もうと手を伸ばすと、オリヴィアの細い指が掠っただけで、その手を捕らえる事は出来なかった。イアンが後に一歩後退ったからだ。
「オリヴィアに風邪をうつすといけないから──今日は別々に寝よう」
目を合わせずに、イアンからそう言われたオリヴィアはキュッと唇を噛み締める。夕立の前触れのように瞳が潤み出だした。
「別々に寝よう」とオリヴィアに背を向けたせいで、イアンは知る由もなかった。
「ど、どうしてそういう事言うの……?」
(結婚してから一日たりとも欠かさずに同じベッドで眠っていたのに。私がイアンじゃなくてプリンを心配したから怒っているの……?)
オリヴィアの悲痛な叫びはイアンの耳には入らなかった。
彼は、オリヴィアから「別れの挨拶」を「結婚記念日の朝に告げる」と宣言をされたと勘違いをしているのだ。あれもこれもユングがイアンの誤解を解くのを面倒臭がって、意気消沈したイアンを追い出すように経理課へ追い返したせいである。
嬉々とオリヴィアから高々に「お別れ宣言発表日」を通知されるとは思ってもおらず、何も頭に入らなかった。
このまま、ここに居てはオリヴィアに理由を問い詰めてしまいそうで、イアンはオリヴィアと同じ空間に居る事を拒絶する──イアンはオリヴィアは振り返る事はせずに食堂を後にした。
オリヴィアはその後ろ姿を呆然と見つめたまま動く事が出来なかった。
オリヴィアはポツンと食堂に取り残されてしまって、彼女の左目から一筋の涙が零れ落ちる。
いたずらっ子のオリヴィアの面影は消えてしまっていた。
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