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イアンは私室でベッドの端に腰掛け、自己嫌悪に陥っていた。
あの場に居るのがいた堪れなくなって「具合が悪い」と嘯いてあの場を去ってしまった……三十歳にもなって恥ずかしい。オリヴィアは変に思わなかっただろうか、とそればかり心配だ。
両手で顔を覆い、それから頭を抱え込む。
(まさか、本当に俺と離婚したがっているなんて……)
辛い、辛過ぎる──……。
(あんな真剣な顔で「結婚記念日の朝に話がある」なんて言われたら、なんて返すのが正解だったんだ)
しかも、嬉々と俺が起きたタイミングで言いたいとか、どれだけ別れを切り出したいんだ……。
イアンは「話がある」と言った後のオリヴィアのしたり顔を目撃してはいなかった。あれを見ていれば、オリヴィアが自分と離婚したがっているという話に信憑性が出てきただろうが、最初の台詞と真摯な眼差しに頭を殴られたような衝撃を受け止めきれず、今まで見た事がなかったオリヴィアの新たな一面を見逃した。
(どうして俺と離婚したがっているんだろう)
俺を好きになってもらえなくても、オリヴィアが安心できる場所になろうと思っていたのに、夢半ばで別れを切り出されてしまった。
再会してから今日まで、笑顔の回数が増え、少しは俺を信用してくれていると思ったのに……勘違いだったようだ。
『本当に好きなら、監禁すれば良かったのよ』
幼い頃に聞いた母上の言葉が鮮明に思い出される。
本当に愛していて、手放したくないと思うならば囲い込め。
奥深くに、誰の目にも付かない場所へ。
自由を奪い、その羽をもいでしまえ。
昏い考えが頭を過るも、イアンはすぐに払い去った。
大人になった今なら分かる。あの時の母上はあれを本気で言った訳ではなかった。
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