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クイクイとオリヴィアから袖を引っ張られ「どうした?」と首を傾げると、オリヴィアはまたもや不安そうな表情だ。
「具合、大丈夫……?」
「健康だけが取り柄だから……体調はなんともないよ」
「具合が悪いのは嘘でした」と言えば、嘘を吐いた理由を言わなきゃならない気がしてイアンは言えなかった。この状況のオリヴィアに「どうして俺と離婚したがっているんだ?」なんて訊けない。
「イアンは風邪ひかないって私と約束したでしょう?」
「やくそく?」
(俺、オリヴィアとの会話を全部覚えているけど、風邪をひかないなんて約束したっけ?)
「私より先に死なない、って約束したのに風邪をひいちゃったから、死んじゃう、って思って……心配したの」
オリヴィアへのプロポーズの言葉だ。
でも、風邪をひかないとは誓っていないが……?
「風邪でそう簡単に死なないよ、オリヴィア」
「ディーズのお隣さんが風邪を拗らせて、そのまま亡くなってしまったんですって。だから、風邪を侮ってはいけないわ」
ディーズとは庭師の名だ。
オリヴィアとそういった会話をしたんだろう。二人が庭で談笑している姿を何度か目にした事があった。
「それからバンジャイから聞いたわ。バンジャイのお友達のお兄さんのお友達のお友達の妹さんのお友達の三番目のお兄さんが具合が悪いと言って部屋に戻ったんですって。いつまでも起きてこなかったから、呼びに行ったらそのまま亡くなっていたって」
バンジャイは食堂で給士の使用人の男の名だ。
イアンは、オリヴィアの話を聞いて、今後絶対に風邪をひいたらいけない、と思ったし「具合が悪い」といった嘘は何があっても口に出さないでおこうと思った。即ちオリヴィアからの信用度を下げてしまう事だ。
「さっき、バンジャイからその話を聞いて、すごく心配したの。本当の本当に、身体はなんともない?」
ギュッとオリヴィアから両手を握られて、真っ直ぐに見つめられ──イアンはジーンと胸が熱くなった。
──これは、予想以上に、とても心配をされている。オリヴィアから。
(嬉しい)
とても嬉しい。
口元がニヤけてしまいそうになるのを、イアンは奥歯を噛み締めて耐える事にした。
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