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(オリヴィアの言う通り、俺は自らそれを放棄しようとしている──……)
簡単に破れる誓いを俺はオリヴィアにしてしまったのか──なんて、情けない。こんな俺は──
「オリヴィアとの誓いを破る俺は──死ぬべきだ」
(騎士の誓いを破った人間に相応しい最期だ)
「イアンは私とのプロポーズも破る気なの! 私を一人にしないって、私より先に死なないって言ったくせに、それさえ破るの!?」
オリヴィアはカッとなって顔を赤く染めた。
イアンがプロポーズで言った言葉を破ったからだ。
(私がその言葉を聞いて、どんなに自分が安心したか、イアンは知らないんだわ)
「嘘吐き! 嘘吐き!」とオリヴィアは叫びながらイアンの胸を力一杯叩く。ドンドンと叩いて、力が弱まっていき、何れは叩くのを止めた。拳をイアンの胸に当てたまま、オリヴィアはイアンの胸に顔を埋め、蚊の鳴くような声で呟いた。
「さっき、わたしと、ずっと一緒に同じベッドで寝てくれる、って言ったのに……それも破るの……」
何故、イアンから「離婚しよう」と言われたのかオリヴィアは理解が追い付けない。イアンは「怒っていない」と言ったのは嘘で本当は怒っていたのか。それとも、本当に怒っていなかったけど、私の何かに怒ったからそんな事を言ったのか──……。
声を荒げたせいで、肩で息をしていたオリヴィアの呼吸が落ち着いてきてからイアンは重い口を開いた。
「オリヴィアから……離婚を切り出される前に俺から別れを告げようと思ったんだ」
重苦しい空気は一変した。イアンの腕の中に居るオリヴィアが顔を上げ、思いっきり間が抜けような表情を浮かべたからである。
イアンと言えば、「そんな顔も可愛いのか……!」という感情に飲み込まれそうだった。
まずイアンは「離婚しよう」という発言にオリヴィアが顔を真っ赤にしてまで反論するとは思っていなかった。
怒ると言っても、仔猫が威嚇するような可愛らしさがある。しかし、それに悶えている場ではない。イアンは「騎士の誓い」もプロポーズの約束も何一つ守れていない、そんな自分が本当に情けないし「俺、死ねばいいのに」と心の底から思った。結果オリヴィアから「嘘吐き!」と叫ばれてしまうのだが……。
「もしかして……アン? アンがイアンにそう言ったの?」
「アンは俺に何も言っていない」
「そうよね。アンはイアンと離婚しろって私には言うけど、私が求めていない事は勝手にイアンに言ったりしないもの」
(期待を裏切らないな、アン)
ショックというよりも、アンらしくてむしろ安心する。
「じゃあ、私がイアンに離婚を切り出すって誰が言ったの? 私には完璧なプレゼンをする使命があるのに、どうして離婚をするの!? 誰が私の邪魔をしようとしているの!?」
グイっと顔面を近付いてきて、顏にオリヴィアの息が当りイアンは頭が真っ白だった。そのせいで「完璧なプレゼン」という不思議ワードがイアンの頭に入ってこなかったし、オリヴィアの態度で「離婚をしたがっているわけではない」という考えが浮かばなかった。
オリヴィアはイアンから抱き締められて夜は眠っている為、イアンの吐息は肌に感じた事はあるが、イアンは一度たりともないのである。しかもオリヴィアの睫毛の本数を数える事が出来そうなまでに近い距離だ。きめ細やかな肌さえ目視出来て、何処を見れば良いというのか。
しかも、だ。
さっきまで意識していなかったが……。
(胸が、当たってるんだよ!!)
それに良い匂いがする……!
オリヴィアの熱や感触を楽しむ為に抱き締めた訳ではなかったものが、時間が経つに連れてオリヴィアの体温が自分の身体に伝わってくるし、身体が密着しているせいで己の胸に柔らかい感触さえ伝わってしまう。
(コルセット……してないな、これ)
オリヴィアの格好は食堂の時とは違い、首から足元をすっぽり覆い隠す淡いレモン色のナイトドレスに身を包んでいて、彼女からは夜眠る時に香る石鹸とシャンプーの匂いがする。
(風呂上り……!)
いや、そんな時間ではあるが……!
(アンは俺が嫌いなくせに、どうして俺の部屋に、無防備な恰好で送るんだっ)
──簡単な話、アンは男心なんぞ知らないからである。
そんな事知らないイアンはアンを人知れず呪った。
「イアン、聞いてる?」
背中にあるオリヴィアの手に力が入り、今よりもっとグイっと近寄られてしまい、今度は下半身に力を入れた。つまり息子が反応してしまったのである。
(まずい、非常にまずい)
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