現実逃避行

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「あんな何の取り柄も無さそうな、超つまんない須藤圭太を好きになるなんて……ホントあの人、どうかしてるよね〜」  愛莉のそのひとことがスイッチだった。  私が勢い良く立ち上がると、椅子の脚が床を激しく擦り、想像以上に大きな音が鳴った。全員の注目が私に集まる。昼休み。クラスの全員が席に着き、食事休憩を取っていた。  だけど私は構うこと無く、愛莉の席の前に立った。 「え、何なの。こわ」  私を見上げる坂上(さかがみ)愛莉(あいり)。顔立ちは整っているけど目尻が吊り上がっていて、容姿からも態度からも、どこか高圧的な印象を受ける。  クラスにも他校にも男女問わず友達が大勢いて、私なんかとは比べ物にならないほど、たくさんの〈物〉を持っている。クラスの一軍でテッペンだ。  ……でも、だからといってここで私が引くわけにはいかなかった。 「もうここに居ない須藤圭太の悪口まで言うなんて……ホント愛莉って性格悪いよね」 「私たちそんな話してた? 光帆の聞き間違いなんじゃないの?」  これが彼女たちの常套手段。弱者をまともに相手にせず、逃げる。流す。嘲笑(あざわら)う。  ……でも私は真っ直ぐ射抜く矢のように、愛莉の目を見つめた。絶対に逃さない。彼女の怒りの感情を、絶対に私は表に引きずり出してやる。 「それじゃあさっきのは私の勘違いってことで。これから言うひとりごとも、聞き流してもらって構わないんだけど。……だから聖也も、意地の悪いあんたの元から逃げ出したんだよね、きっと。そんなんだから、私みたいな立場の弱い大したことのない女に、男を奪われるんだよね。ダッッッサ」 「は〜〜〜〜〜〜〜!?」  須藤圭太は言った。 「問題から逃げずに立ち向かおうな」  須藤圭太は言った。 「現実から目を背けたって、問題自体が無くなるわけじゃないからさ」  ここには現実しか無い。逃げられない現実が。変えなくてはならない現実が。私は圭太に貰った偽物のシーグラスを右手に握っていた。力を込めて。力が湧くように。転校したいだとか、新たな町に引っ越して暮らしたいだなんて、そんな現実逃避はもうおしまいだ。これから私は愛莉に、この教室のクラスメイトたちにーー  ーー立ち向かわなきゃいけないのだ。マジで。    ーーぶつからないといけないのだ。本気で。 〈了〉
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