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なぜか私は、彼をこのまま帰す気にはなれなかった。
身から出た錆、自業自得ではあったけれど、私も彼と同様に〈問題〉を抱えていたからだ。
彼とその辛さを共有したいという、小狡い思惑があったのかもしれない。
「……海」
「えっ?」
「海行こうよ、須藤くん。今から」
何の脈絡もない、子供じみた思いつきだ。青春のテンプレみたいな提案だった。
「はっ? 海? ……さすがに冗談か。それって笑って良いやつだよね」
「冗談じゃなくてマジ。笑って良いやつじゃなくて本気」
「え〜〜〜、本当なのかよ……俺、すぐ帰らないといけないんだけどなぁ」
そう言いつつ須藤くんは、チノパンのポッケからスマホを取り出した。何を操作するでもなく画面に明かりを点すと、すぐにまた戻す。困惑して下唇を噛む仕草。そわそわして落ち着かない様子。
私は彼の頭の中で急速に成長する、好奇心の芽を見逃さなかった。
「私も最近モヤモヤしててさ……めっちゃストレス溜まってるんだ。だから、ね!」
「ちょっと、パーカー引っ張んないでよ。伸びるってば」
「ほら、さっさと行くよ。私の自転車押して!」
「いいよ。山下さんチャリ乗りなよ。俺は走って付いて行くから」
「……てことはOKってこと!? そうと決まれば早く行こ!」
私たちは地下鉄で目的の駅まで移動すると、電車に乗り換えて海水浴場まで向かった。到着まで約一時間ほど。
電車の中は私たちとよっぽど気が合うのか、ビーチバッグを持った若者が目立ち、座席には座れなかった。
私たちは壁に寄りかかり、まるで初めて出会ったみたいに自己紹介をした。好きな音楽、好きな映画、好きなアイドル、好きな食べ物、嫌いな食べ物……
「……山下さんってピーマン嫌いなんだ。子どもみたいだね」「苦いだけなのにわざわざ食べる意味ある?」「その苦さを旨味として捉えられないのが子どもだよ」「須藤くんが卵を嫌いなのだってお子ちゃまみたいな理由じゃん」「火を通したものは食べられるよ。生の白身はNGってだけ」「嫌いな理由、何て言ったっけ?」「鼻水に似てるから」「ぷ、あはは! ホント最低なんだけど! ……てか、須藤くんのこと下の名前で呼んで良い?」「うん、もちろん。……山下さんの下の名前って何だっけ?」「ホント最低」
須藤圭太がこんなにも面白い人だなんて知らなかった。
少しのきっかけさえ貰えたら、顔馴染みのクラスメイトとも、今までと違った新たな関係性が築ける。
私は世紀の大発見でもしたみたいに、心が踊っていた。もしかしたら身振り手振りにも、その興奮が表れていたかもしれない。そうだとしたら恥ずかしかった。
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