現実逃避行

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「……じゃあさ。こんなはどう?」 「何?」 「私も圭太と一緒に引っ越すの。ナイスアイデアじゃない?」 「はっ?」 「で、圭太が学校行ってる間は、私がおばあちゃんの面倒見るの」 「ぷ、あはははっ! さすがに非現実的なこと言いすぎだろ。俺が学校行ってる間、光帆は高校どうすんだよ」 「私は学校なんてどうでもいいよ。ギスギスしっぱなしのあの狭い檻の中はもう飽き飽き……圭太だって知ってるでしょ? 愛莉の彼氏、私が取ったってやつ」 「んー、なんとなく。でも真相は違うんだろ?」 「隣のクラスの田中(たなか)聖也(せいや)と愛莉が元々付き合ってて、でも聖也は愛莉の嫉妬深さに嫌気が差したみたい。そのくせ愛莉は男友達が多くて、よく他校の男子とも遊び歩いててさ……」 「自分は良いのかよ。ひっど」 「愛莉と私、友達だったんだけどさ。それ以前に私、聖也と同じ中学だったから。聖也の相談乗ってるうちに昔より仲良くなって……好きになって……『愛莉と別れたから付き合おう』って、聖也に言われたの」 「それなら光帆は何も悪くないだろ」 「でも聖也、愛莉ときちんと別れてなかったの。だから私が聖也をそそのかして奪ったみたいに思われちゃった。すぐに聖也とは別れたんだけど……完全に私、愛莉に目の敵にされてるんだ」 「だらしないのは田中って奴と愛莉だろ。その二人、一発ずつぶん殴っていいか? どうせ俺、転校するし」 「ふ。ダメに決まってるでしょ。残された私が気まず過ぎるよ」  私たちは並んで海を眺める。水面がやけに煌めいて見える。神様が空から星屑をばらまいて、海に浮かべたみたいだ。  でもそんな神秘的な光景を前にしても、私たちが話す会話の内容は、どこまでも現実的だ。  私たちは、私たちを圧迫するリアルから少しでも逃れようと、この場所に来たというのに。  ーー母親に折り返しの電話をかけ、平謝りする圭太の後ろ姿を見ていると、私は身が引き裂かれるように辛かった。
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