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「圭太と光帆、二人で海水浴デートしてたらしいよ」「え、マジ? 美化委員カップルじゃん」「てか、聖也と別れてもう次の男に手出してるの? きっしょ」
月曜に登校すると、私たちの話題で朝から教室は持ち切りだった。海水浴場に出かけた圭太と私を、他のクラスの生徒が見かけていたらしい。完全に運が悪かった。
せっかく私たちはあの日にわかり合えたと思ったのに、この一件で圭太に話しかけることができなくなってしまった。彼に迷惑がかかるから。噂を真実だとみなされてしまいそうだから。
放課後の委員会活動も行なわれず、不可抗力で圭太と二人きりになる機会すらも、なかなか訪れなかった。
そのうち圭太は帰りのホームルームで教卓の隣に立ち、自身の転校について皆へ打ち明けた。
一方的な連絡だけ済ませると彼は、いつも通り足早に教室を去って行った。
「あと一週間で引っ越しだってさ。さすがに急すぎじゃね?」「まぁでも、正直ふ〜んって感じだよな」「あいつ、一年のときからノリ悪かったもんな。気利かせて遊びに誘っても、毎回断るし」「そんな奴……居ても居なくても変わらんよな」
私と同じ班の男子たちが、教室掃除もそっちのけで圭太の陰口を叩いていた。
酷い言われようだ。私と違って圭太は、何か失態を犯したわけでもないのに。自分の時間をすべて費やして、家族の幸福のために必死なのに。
ーー私は許せなかった。
私にライオンの爪や牙があるのなら、彼らを八つ裂きにして噛み砕いてやりたかった。
気がつくと私は、草食動物の群れのように固まる男子たちの前に立っていた。
その中の高橋くんが目を丸くし、絞り出すように言った。
「え、何。山下さん」
「……そこ」
「そこ? えっ?」
「……机並べたいから、避けてもらえる?」
包丁の入った果実のように、慌てて二手に別れる男子たち。彼らをよそに私は机を持ち上げた。こんなことが言いたいわけじゃないのに。圭太の抱える家庭の事情を、みんなにも知ってもらいたいのに。
情けないけど私は、彼らに弁明すらできなかった。
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