現実逃避行

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 ーー結局あの日以来、最後まで二人の間で会話が交わされることは無かった。  連絡先くらい交換すれば良かった。  一度くらい声をかければ良かった。  須藤圭太のいなくなった教室は、いつもと変わらず生徒たちの声で満ちていたけれど、私からは音も色も失われたように思えた。  帰りの電車で圭太が呟いた言葉を、私は何度も心のお守りみたいに反芻していた。 「お互い問題から逃げずに立ち向かおうな。たとえ現実から目を背けたって、問題自体が無くなるわけじゃないからさ」  私の味方が教室にひとりもいない状況だから、私がすべて悪いものだと、数の暴力に洗脳されかけていたけれど。  でも私が悪いわけじゃないと、圭太にはっきり言ってもらえたのだから。  私は彼女と戦う決心がついたのだ。 「あの人、愛しの圭太くんが引っ越してさらにぼっちになっちゃったね」「彼氏も友達もいなくてホント可哀想」「あの人もさっさと転校しちゃえば良いのに」  愛莉たちが、今日も飽きもせず私の悪口を言っていた。まるでルーティンだ。  いつもなら嵐が過ぎ去るのを待つように目線を落とし、聞こえないフリをして私はやり過ごしていた。  ーーでも私の胸には今、静かな火が灯っていた。  怒りの感情だけじゃない。私の今後を左右する冷静な挑戦状。その出し方。学校という狭いコミュニティは数の多い方が勝つ。そもそも勝負にすらならず少数派は負ける。流される。無視される。でも私は、愛莉のことを何が何でも勝負の土俵に引きずり込むつもりだ。そうしないと喧嘩にすらならないから。
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