第五章 ぼくの願いがかなう時

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4  今日は僕のいる図書館に珍しい組み合わせのお客さんが来た。中瀬実くんの親友の本間剛志くんと、実くんの弟の尊くん。図書館に本を返してまた借りる尊くんと、つきそいの剛志くんといった光景だった。  僕はいつも通り返却カウンターの上から、ロビーでのふたりのやり取りを眺めていた。どうしても剛志くんに図書館の中まで来てほしい尊くんの勢いにとうとう折れて、ついに剛志くんが図書館の中に来たのだ。あの読書アレルギーの剛志くんがついに。「よう」と片手を挙げて僕の名前を呼んだ剛志くんは相変わらず居心地が悪そうだったけど、どこか満足そうだった。  ふたりは、実くんが気に入るような本を選んでいるようだった。栞さんが作った展示コーナーの中から、それほど時間をかけずに写真集を選んでいた。迷いなく写真集を手に取った剛志くんに、尊くんは尊敬のまなざしを向けた。確かに実くんが借りるのは小説が主だ。僕は、実くんと剛志くんの間に確かな友情がはぐくまれているのだと思うと、胸が熱くなった。  でも、実くんが来ていないのはどうしてだろう。もしかして、小説も読めないほど身体の調子が悪いのだろうか。いやいや、あのふたりの楽しそうな様子を見る限り、そんなことはないはずだ。きっといつものように何かの行事のあとで、熱が出たのだろう。少しずつ身体が丈夫になってきた実くんだ。重い病気のはずがない。  あっ、栞さんが人の目を盗んで兄さんに手を振った。  あのふたりは去年の秋に入籍した。こともあろうに、僕たちが中学校の吹奏楽コンクールを聴きにいった夜に、わざわざ市内随一の夜景のきれいな山まで行ったらしい。そこで星空を眺めながら、兄さんは栞さんにプロポーズした。あの兄さんが、なかなかやるじゃないか。  ふたりが一緒に暮らし始めて数か月経ったが、いまだに大きな喧嘩はしていないようだ。時々栞さんが「昨日も坂本くん、小説を書いていて寝るのが遅かったんだから」と僕に愚痴をこぼしにくるくらいだ。いまだにふたりはお互いの呼び名を変えていないみたいで、「栞さん」「坂本くん」と呼び合っているのだとか。「僕のいないところではどうなの?」と一度栞さんに訊いてみたいことがあったが、本当にそう呼び合っているらしい。  図書館内でいちゃつかれるのは迷惑な話だが、やっぱり大好きなふたりが幸せそうにしていると、なんだかんだで嬉しい僕だ。
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