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物心がついた時から、僕は図書館にいる。僕の名前は「としょかんじろう」。
そう。僕は、本を模した図書館のキャラクターだ。
図書館のキャラクターといっても、最近流行りのゆるキャラではない。本の貸出伝票やイベントのチラシ、ポスターに印刷されているだけの、とてつもなく地味なキャラクターだ。本自体が顔になっていてそこに手足がついているだけのイラストで、子どもでも簡単に描けるのが売りなのだとか。でも少し前に自動貸出機が導入されてからは、貸出伝票に僕のイラストも印刷されなくなり、ますます僕の存在を知る人は少なくなってしまった。
そんな僕の境遇をかわいそうに思ったのか、坂本さんという職員さんが、厚紙で僕の姿を作ってくれた。二枚の厚紙にひもで作った手足を挟んで貼り合わせ、本の形になるように半分に折っただけの簡単な姿だが、イラストしかなかった僕は嬉しかった。早速、僕は図書館の返却カウンターに誇らしげに置かれることになった。
最初の頃こそ、僕は子どもたちを中心に注目を浴びた。特に女の子たちには「かわいい!」とモテモテだった。僕を触ろうと、背伸びして手を伸ばす小さな子もいた。一生懸命手を伸ばしてようやく僕に触れた時、その子は輝かんばかりの笑顔を僕に向けてくれた。でも、次第に僕は、子どもたちにはおろか職員さんたちにも見向きされなくなり、返却カウンターの端っこに追いやられて、ほこりをかぶるようになった。厚紙でできている僕にとって、降り積もるほこりは重く感じられた。でも、僕にはそんなことよりもずっと気になることがあった。
それは僕の名前「としょかんじろう」だ。じろう、という名前だから、漢字で書いたらおそらく次郎や二郎だ。変化球で治郎というのもあるかもしれないが、しょせん図書館のキャラクターだ。それほど複雑には考えられていないだろう。仮に僕が次郎や二郎だとすると、どこかに太郎兄さんか一郎兄さんがいてもおかしくはない。でも、周りをいくら見回しても、兄さんらしいキャラクターはいない。いついかなる時も、僕は返却カウンターの端っこでひとりぼっちなのだ。
ある日僕は思いついた。よく、物語には生き別れた兄弟というものが出てくる。そうすると、僕にもきっと、どこかに生き別れた兄さんがいるはずだ。いつしか僕は、まだ見ぬ兄さんに思いを馳せていた。兄さんも僕のような恰好をしているのかな。それとも、坂本さんのように眼鏡をかけているのかな。一度夢に出てきた兄さんは、僕と同じような格好をしていて「じろう、待たせたな」と言いながら颯爽と登場してきた。「これじゃあまるで双子だな」と僕は夢の中で思った。目が覚めた僕はあたりを見回したが、職員さんたちが帰った夜の図書館は、いつもと変わりなくがらんとしていた。
それからの僕は、兄さんの居場所について思いを巡らせる毎日。この図書館にいないのなら、隣の町の図書館にいるのだろうか。生き別れたはずの兄さんにどうしても会ってみたい。どうやったら兄さんに会えるのだろうか。
じっくり考えた末、僕は図書館を抜け出して兄さんを探しにいくことにした。誰にも見向きされなくなった今は、決行するのにいい機会だ。存在すら忘れられている僕だから、返却カウンターの端っこからいなくなっても、誰ひとり気がつかないだろう。
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