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「取れない、痛い」
「そりゃ輪ゴムだからね、えへ、」
「ハゲたらどうしてくれる」
「責任取るッ、わはは」
手の甲にちゅっと口ずけでやると険しい顔で拭われた。え、なぜ?
「祐希じゃま、」
「わ」
伊庭は思いっきり祐希の肩に体当する。その衝撃で棚から歯磨き粉が落ちてきたて、ボタボトと音が鳴る。
「俺も寝癖直す」
「そうか」
「なんだよ、こっち見て」
焦点があっていないような目で祐希は伊庭を見つめていた。ふと、思いついたように祐希の瞳が伊庭の頭で止まった。そして、
「……俺が直してやろうか」そう言って祐希はにっと人好きのする笑みを浮かべた。
そこからのことはよく覚えいない。髪を引っ張られて、痛い痛いと騒いでいたら、たどたどしく髪を結われて。気がついて、鏡を見ると昆虫が2匹で互いを引っ張りあっていた。
「マジでお前、下手くそ」
「だまれ智迅」
「わはっ、あはは」
お互いの輪ゴムをまた、きゃぁ痛いと悲鳴をあげながら解いてやる。しかし祐希の指だとどうにも上手くいかないもので、仕方なく伊庭は自分で解いた。
ウーン、と鏡の中の伊庭が祐希の髪を弄りながら唸った。
「なんか足りないよなァ?触覚?」
「だまれ智迅」
祐希はスっと皺を寄せて目線を送る。
だが言葉とは裏腹に伊庭の艶やかな髪を撫でる手は優しく、落ち着いていた。不器用な怪物が懸命に優しくしようとするその心積りに伊庭は優しい気持ちになった。
「な、朝ごはん食べないか」
と、祐希が思い出したように言う。伊庭が壁かかる時計を見に行くと、もうとっくに7時半を過ぎていた。
まずい、登校開始は8時からだ。全然準備していないし、どうにもおちおち食べては居られそうにもない。
「早く行くぞ」
「ア、待って」
雑に通学カバンを肩にかけて先をゆく祐希の背中を追いかけた。
ドンとぶつかって、ワシャワシャもつれあって部屋から出る。そしてチャ、と鍵を閉めて広い廊下に出て、ワックスでテラテラと輝く薄いクリーム色の床を黒い革靴で叩く。
二人はカツカツと心音のようなリズムを刻んだ。
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