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教室はまだザワザワと話し声が聞こえた。
それも2人が荒く息吐いていても気がつく者が居ないくらいには、うるさく。
ふう。数呼吸置いて、祐希は教室の奥の席に向かっていった。
ガタガタと耳障りな音を立てて勢いよく祐希が席に着くので、伊庭もそれにならってカバンを机の脇にかけ、椅子を引いた。
「おはよぉっ、2人とも」
座ったまま視線をあげるとクラスメイトの草薙章がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「章、今日は随分朝から機嫌がいいんだな」
「うん、お陰様でぇ?」
相変わらずの彼の軽薄で適当な様子に伊庭はため息を吐く、ブレザーの袖に付いたボタンが机に擦れてカチャカチャと鳴った。
「どうしたんだよ」
「いやぁぁ、ねぇ?」
「意味が分からんわ」
掴めない様子の章に眉をひそめた。
「あれだろ」
偉そうに背もたれに背を預ける祐希が後ろから口を出してくる、抑揚のない声は何を考えているのか分からない。しかし、その瞼の隙間からは意志の強そうな蒼い瞳が見えていた。
「なに?わかっちゃったのぉ?」
章がきゃらきゃらしたガラスのような笑い声を上げて祐希にグっと身を寄せる。
祐希はその身を手のひらで押し返した。
「水野先輩」
そして、こちらを見て一言呟く。
その祐希の答えに伊庭は合点がいったようで何度か頷いた。
「……今日の朝から好きな人に会えたから、んなハイテンションな訳ね」
「会ったんじゃないよっ、」
「ええ?」
「……話したんだよぉ!」
あー、良かったね。と、伊庭はそっぽを向いて返事を返した。ここで目線を合わせると長話に付き合わされることを伊庭は学んでいた。
「水野先輩ってさ、書記長じゃん?」
「……続くのかよ」
後ろを見ても祐希は顔の上に文庫本を乗せて完全に世界との関わりを断絶していた。ナンテコッタな、これでは役に立たない。
「最近生徒会は挨拶運動してるじゃん?」
「学舎の入口に立って挨拶するやつね」
「うん」
「それが?」
「先輩が挨拶運動をしてらしたの」
「あー、はいはい」
「そしたらね、俺に向かって……」
章が声を潜めたので、とっても嫌な予感がして、伊庭は無心に机の木目の数を数えることに専念していた。
「おはよう。あ、前髪切った?似合ってる……って、ね?ええ、もう好きみたいな」
きっと向こうもお前のことが好きだよ。そう言いたいのを我慢して、伊庭は聖母のような笑みを浮かべた。
「朝から先輩がイケメンすぎてつらぁい」
「……いや、知らんわ」
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