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やがて見えてくるもの
「パチン」
蛍光灯が低く唸り、明かりが瞬く。
二人の男互いを押しのけ部屋に入る。
「ねぇ」
「まだ椅子にすら座ってないだろう」
几帳面そうな、七三で金縁の眼鏡が似合う男は、そう言って隣の男を押しやった。
「あ〜、ごめんよぉ先生」
七三眼鏡野郎……もといい先生はフンと鼻を鳴らして中央の丸椅子にドカッと座る。
そうして、湿っぽいここの空気は肺に心に悪い。そう言い放った。
「先生ぃ、ねね」
「うん?」
先生は変にすっとぼけた返事を返した。
「あの子可愛くなぁい?」
さながら彼は恋する乙女のようだった。野郎が赤く頬を染めるその様子に先生は、思わずブルっときてしまった。
「どの子かね?」
二の腕の鳥肌を擦り、先生は眼鏡のツルを持ち上げ、彫刻のような鼻に掛け直した。
「最近ずっと見てんじゃん」
「おや、そうかな」
先生は肩を大袈裟ほど揺らした、ビクリと。
それを見て、こいつはわかりやすいから嫌だな。と男は思う。
「俺ね、あの子好きぃ」
部屋がさらに、湿っぽくなる。
「そうかい」
実に淡々とした返事だった。
さっきまでの、とっても分かりやすくて、愉快な先生はどこへ行ったのやら。
「まじつまんねぇーの、先生」
「そうかい、結構なことだ」
「ふぅん」
2人とも、沈黙が苦手だった。
しかし2人とも会話を自ら繋げるという努力をしない、思いやりにかける男どもだったので。
2人の間にはしばし沈黙が落ちる。
「そういえば……彼もあの子が好きだろう」
先生は思い出すように呟く。低く唸る蛍光灯が、ここに居ないもう一人を思い出させた。
不機嫌な時に、獣のように唸る彼を。
「彼、かれ、カレ。俺あいつ嫌いだよ!」
男は呟き返す。だか、後半にかけてだんだん力がこもってきて、大好きなあの子すらを焼き切るような熱を持った。
「それは彼の頭がおかしいものね」
相対する先生は、感情的に怒るその男を軽蔑して。同時に、こういうところは彼にそっくりだと呆れた。
「先生ぇ直せなぁい?」
「無理だね、アリャ筋金入りのキチガイさ」
おい、馬鹿なことを言うな。そう言わんばかりの表情で先生は顔を背けた。して、そのまま立ち上がる。
釣り糸につられたように彼も立ち上がった。
さながら一本釣り。今夜は大漁。
「キチガイくんねぇ」
「俺、やっぱりキチガイのやつ嫌いだわ」
先生と男は全く瓜二つの顔を歪め、そうして顔を見合せて愉快そうに声を出して笑う。
「パチン」
蛍光灯は、音もなく消えた。
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