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雲ひとつない晴天が教室を賑わせる。
昼休み、この教室は騒がしかった。
「ちはやー、お前、呼ばれてるよー」
騒がしい教室をものともせず声を響かせる彼は確か演劇部だったはずだ、今、彼の広い額からたらりと汗が滴っていた。
「今行く」
伊庭は短く返事を切って、祐希の傍から立ち上がる。蒸れた背中に風が当たって涼しい。
今日は、やたらと暑い日だ。
「ア、エッ……先輩?」
演劇部の彼に礼を言って教室を出ると、すぐ横の壁にもたれるようにして彦根亮太が立っていた。
「あ〜、智迅遅いよぉ」
伊庭は驚き、そして思い切りつんのめった。
咄嗟に体を起こしてパと見上げると彼の目尻はギッュと下がっていた。
あれ……これは面白がっているに違いない。
口元は何時ものように緩く結んで優しい生徒会長の顔をしている癖に、目だけがおかしく歪。
これは面白がってる彦根の癖だった。
伊庭は恥ずかしくなって、バンと爆発したみたいに頬を染めた。
「……すみません」
顔真っ赤じゃーん、と誰に聞かせるでもなく彼はつぶやき、伊庭から目を逸らした。
「待ちくたびれちゃった、俺」
彼はそうボヤいて、俯く。長い前髪が揺れた。ふわっと香る匂い、まただ。彦根先輩からはいつも蜂蜜のようなこの甘い匂いがする。マァ、それがいい男の証なのか伊庭自身には検討もけれど。
「智迅ぁ、それでねぇ」
相変わらず視線を合わせない彦根先輩からはいつもべっこう飴のような甘い声がした。伊庭にとってはは、無いはずの乙女心を刺激されるような、聞く度にむず痒くなって嫌な声だった。
「……聞いてる?」
「はい」
「んふ、嘘だ?」
わざとらしく笑った先輩は読めない。ちょいとだけ伊庭は悔しくなった。でも反応するのも嫌なので、何も無かったようにただ頷く。
「俺喋るよー?」
はい、と伊庭は意識してロボットのように波のない平坦な返事を返す、彦根は相変わらずつまらなそうに遠くを見つめるだけだった。
「簡単に言うとね、特に最近この学校の治安が宜しくないーってお話です」
「……はい」
「返事鈍くなぁい?」
「全然気のせいですよ」
やはり、伊庭は眉をひそめた。
そうして背筋を伸ばす、仕事か。そう思うと毛先からピリピリしたものが伝わってくる。
緊張では無い。武者震いである。
「そお?でね、生徒会としては─────」
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