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「げっ」
冬樹がわざとらしい程に不満の声を上げた。それを聞いて「オ、これは面白くなりそう」そう思った伊庭は十分に悪い男だった。
「和人、どうしたんだ」
和人のアイドルのように甘い顔が少し歪んでいた。1年と2年ではかなり教室が離れているから、考えるにだいぶ走ったのだろう。
「俺ねっ、めっちゃすごい情報持って来たんすよ!マジですっごいの!」
興奮のままに、まろく頬を紅潮させて駆け寄った和人はやはり汗臭い。白いワイシャツがぺたりと張り付いていた。
「なんか、この前の1年が襲われたって奴あるじゃないですか……それが」
覆い被さるように次から次へ言葉が重なる。
少し噛むようにしながら和人が喋るので、
「そんなに焦らなくていい」
伊庭は、すこし苦笑気味に肩を叩いた。
和人は心得たようにかるく頷く。すると彼のくせっ毛がかわゆく舞うので……つい伊庭はまた少し笑った。
「や、あれ、なんか突発的なやつじゃなくて計画性があるやつだったらしくて」
「計画性……」
ウン……と、猫のようにちまく伊庭は唸りを上げた。計画性と言ったって、目的がよく分からない。
「そうなんですよ」
和人が任務は終わったとばかりに、額に浮き出た汗を手の甲で拭う。やはり、太陽は燦々と相も変わらずに輝いていた。
「簡単に言うとね……その犯人グループを操ってた黒幕がいるんだよ」
それまで、ずっと壁にもたれて不機嫌な顔をしていた冬樹が口を挟む。ぎょっとして和人は冬樹の方に視線を向けた。
「あっ九条先輩!俺が言いたかったのに!」
「悪いな、早い者勝ちだ」
「ええっ、ひどいなぁ」
したり顔で笑う冬樹に「や、さては二人同じ情報を伝えに来てたな」そう勘繰った伊庭はおかしくなって声を上げて笑った。
「あは、ふふ」
「ちょっと、笑わないでよ!智迅先輩!」
また頬を紅潮させて和人が言い募る。でも伊庭の顔からは笑みが消えない。愉快なふたりの横で冬樹はスっと表情を消して、考え込む。
そうして、口を開いた。
「そうそう、知ってる?」
不意に冬樹が声を潜めるので、伊庭は興味を引かれて冬樹を目に止める。して、魅惑的に彼の瞳がしなり伊庭に囁く。
「その犯人グループと黒幕の話し合いが今日の放課後にあるって事」
伊庭は驚いてただ目を見開いた。情報が急すぎて脳みそが追いつかない、そして……やはり夏は苦手だ。余計に頭が悪くなるから。そう誰に責任を押し付ける訳でもなくそう思った。
「あっ、それだ。たしか旧校舎ですっけ?」
和人が思い出したようにあいずちを打った。
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