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「そうだ」
それを聞いて伊庭はかるく頷いた。その髪がふわりと舞って広がる。
「旧校舎……なるほど」
「智迅先輩どうかしたんですか?」
和人と伊庭の特に気にすることもない会話に耳を傾けつつ、冬樹はぼんやり宙を見た。
……この後輩のどことなく感じるその気品は生まれつきだろうか。冬樹は少し不思議になった。こいつは特別そういうお家の生まれじゃないはずだか……。
「分かりました、調査に行きましょうか」
聞こえた声に引き戻されて、ツと冬樹は視線を伊庭の瞳に戻した。
冬樹は不思議と視線を離せないでいた。彼の瞳を見ていると──なぜか、不思議なことに大きな鏡を見つめているような気がしてくる。
生ぬるい風が伊庭と冬樹の間、ひいては和人に被さるように吹く。おかしいほどに冬樹の手のひらは汗ばんでいた。
「……なんですか九条先輩?」
伊庭は物言わずにこちらを見つめたまま、何も喋らない冬樹が少し不気味であった。さっきから、何度和人が呼びかけても返事をしない。
─────だから、少し目を伏せた。
「あーと、なんでもないよ」
バチッと瞬きをして、冬樹は目を逸らした。
「ほんとですか?」
その問いに困ったように微笑んで冬樹は頷く。和人が、ボソリと横で「へんな先輩」とつぶやいていた。
また、冬樹は困ったように微笑んだ。そしてちょっと怪しまれてるな。肌でそう感じた。
やがて、なんとも言えない沈黙が落ちる。
「あの」
伊庭が口を開く───と思ったら、その赤い蕾のような唇が不自然に閉じたので。冬樹と和人は疑問を抱く。
なにか、不明瞭なところはあったか?
伊庭はくるくると瞳を揺らして考え込んでいる様子だった。いや、困っているのか。
和人はその様子を見てやはり困ったように眉をひそめて忙しなく動き、伊庭の瞳を覗き込んでいた。
一方顎に手を当て、探偵よろしく考える冬樹はふと思いつく。ああ、なるほど、場所か。
「ええーと、俺もついて行っていい?」
ぎょっとしたように伊庭は冬樹を見た。その白い顔に汗が滲み出ていて、まるで夏の陽炎のように見せる。
「ほら、探偵ごっこ」
「いや、調査ですけど」
「別にいいじゃない!」
ばっ!音が鳴るほどに拳を突き上げて。ぐんと冬樹はやる気を見せる。伊庭が物言いたげに口を動かすが、気にしてはいけない。
「え、俺も行きたいんですけど!」
すかさず和人も声を上げたが、
「だめ、お前は補習って言ってたろ」
キュッと眉間を詰めた冬樹にそう諭されて、思わず肩を落としていた。すると空気を読んだかのようにふわっと再び風が吹いて、髪からワイシャツまで何もかもまくり上げた。
もう少しで、長い昼休みが終わる。
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