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伊庭智迅はダン、と大きな音を立てて柔らかなソファーから立ち上がった。
「やぁ、怒ってますか?」
「いや、ちっとも怒ってなどいないさ」
そのまま彼はツカツカと狭い風紀委員室を夢遊病者のごとくして徘徊する。決して背は高くない、顔が特別イカつい訳でもない、しかし今の伊庭には見るものをギョッとさせるような怜悧な雰囲気があった。
「うっそォ!先輩怖いですよん」
「怖くなんかない」
「それが怖いんだよなァ」
「どれが」
「それがですよ」
それを見た芦戸和人は思わずイヤハヤ、困ったナと肩を竦め、彼はそのまま長い足を通り過ぎる伊庭に引っ掛けようとする。
「あっぶないな、オマエ」
「やや?気のせいですよ」
「……」
「座ったらどうです?」
伊庭智迅はダン、と大きな音を立てて再び和人の横に腰を下ろした。まったく怒りが収まらん様子であった。
「俺が1番嫌いな事は知ってるか」
「弱いものイジメ?」
「正解、そのとうり」
ニッと笑って伊庭は腰の前で組んだ指をパラパラと入れ替え、落ち着かない様子で握ったり開いたりを繰り返した。
まことに彼の心中、今や大荒れである。
「今この学園に蔓延っていることは?」
彼のこめかみがヒクヒクと痙攣を起こしていているのを見て、ようやく「アラ、不味いんじゃあないの?」和人はサッと冷や汗をかいた。
「……弱いものイジメ?」
「ウン?」
チョコっと焦りながら答えるとジロっと和人は睨みつけられた。悲しい。しかし本人にその自覚はないのであろう、鋭い瞳と逆に後輩に優しい笑みを向けようとして歪んだ口が唇を尖らせていた。
「……あ……立場が弱い生徒に対しての暴行…強姦とか……?」
「その通りだ!」
パッと大輪が咲くように明るく笑って伊庭は上機嫌で彼の柔らかくてきめ細やかな手のひらで汗でベタつく和人の頭を撫で回した。
その様子を見て、和人はまた冷や汗をかく。ひょっとして今日の先輩は情緒不安定かもしれない。
「先輩……俺の髪の毛」
「ア、ごめんな」
伊庭が手ぐしで和人の髪を軽く整える、シャンプーの甘い匂いが伊庭の鼻をくすぐった。くしゃくしゃだった焦げ茶の髪がいつもの様子に戻った。……まァこの際、ハネは気にしない方が良い。
「アナタってそんなに熱血派ですっけ」
ふと疑問に思ったようで和人は己の髪をいじる伊庭を見上げて尋ねた。綺麗な眉が悩ましげに形を帰るのを見て、伊庭はアッと普段の自分の姿を思い出す、そういえばこんなに感情を表に出すのは久しぶりだ。
「……残念なことに違うな」
「じゃあなんでですか」
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