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「そうかぁ」
伊庭はそう言って腕の力を抜いて、しばらく好きにさせてやる。
「智迅先輩は怖くないんですか?」
「怖いさ、それは」
和人の腕の中で伊庭ちいさく身じろぎをし、黒くて艶のある髪がサラサラと揺れた。それを見て。ア、人間に戻った。和人は誰に言うでもなくそう思った。
「じゃあなぜ続けるんです?」
「許せないから」
思ったよりも力強い声が聞こえて、そうして和人はハッとした。この人は、自分が思っていたよりもずっと強い。
「許せない?」
「うん、怖い以上にな」
「わ……かっこいい、先輩」
うふ、と伊庭は優しく笑って
「惚れ直した?」
チラリと和人を腕の中から見上げた。その目尻がキュッと妖しく釣り上がって、不覚にも和人は心音を高鳴らせた。
ペタッ。和人は手のひらで顔を覆うようにして、そのまま天井を仰いだ。
「……そうかもしれないです」
「あら、それはそれは」
伊庭は顔全体を使って大きく笑う、彼は素直に照れる後輩が可愛くて仕方がなかった。真っ赤に耳が熟れているのを見て、思わず両耳をつまんで引っ張ってしまうくらいには
「先輩、痛いですって」
和人が困った声で伊庭の腕を掴んだ。
「おっと、悪いな」
パッと離して、それからブルブルと犬のように頭を振って伊庭は狭い腕の中から抜け出した。
白い木の窓枠から外を見ると、もうかなり日が落ちたようで空の上の方が紫色に霞んできていた。
「もう、暗いですね」
顔を向けると、和人の横顔がほんのりと紫色に染まっていた。
「じゃ、帰るか」
伊庭はスッと立ち上がった。後を追うようにして和人も立ち上がり、タッと伊庭に駆け寄った。
「もうですか」
「ウン」
「置いてかないで、先輩!」
飴色のドアを開くと伊庭は振り向いた。そして目を伏せて、思案げな表情を作る。
「和人、今日のこと口外禁止な」
ちょっと困った顔の伊庭を見て、察したできる後輩の和人はぶんぶんと大きく首を振って頷いた。
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