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それは、奇妙な種だった。いや、本当に種なのかどうかは分からないのだけれど、植物の研究をしている僕の直感では、それは確かに何らかの植物の種のはずだった。ただ、これまでに見たことがないから、断定しきれないのだ。念のために図鑑や研究雑誌など、いろいろなものを調べてみたけれど、やはりどこにも載っていなかった。
その種を見つけたのは、海外でのことだ。海外で植物の調査を行うことになり、その際に見つけたのだ。僕はそれを、誰にも見せずに、自分のポケットに入れて持ち帰った。誰かに見せることも一瞬考えたけれど、そうはしなかった。もし種でもなんでもなく、僕の勘違いだったりしたら恥ずかしいし、なにより、もしこれがまだ世の中に知られていない植物の種だったりしたら、第一発見者として、僕の名前が有名になるかもしれない、という期待もあったからだ。
その調査を終えて、アパートの一室である自宅に帰るなり、僕はその種の写真を撮った。そして改めてその種を見つめてみたけれど、やはり見たことはない。その種はオレンジ色をしていて、黒い斑点のような模様があり、やや大きめのアーモンドのような形をしている。全く新しい植物の種なのか、それとも突然変異のようなものなのか。何も分からない。
それからその種を鉢植えに埋めた。研究所で育てることも考えたけれど、やはり誰にも知られないように育て、自分だけの手柄にしたいと思ってしまったのだ。そしてそれ以来僕は、家に帰るのが楽しみになった。
最初の数日は、何も起こらなかった。でも普通植物はそんなに早く成長しない。気長に待とうと思いながら、観察を続けていると、六日目に芽が出てきた。種と同じ、オレンジ色をした芽だった。
芽が出てくると、その後の成長は早かった。つる性の植物なのか、出てきた芽は枝分かれし、鉢植えの周りをつたい始めた。やはり見たこともない植物だった。色はオレンジで種と同じように黒い斑点があり、太さが一定ではなく、何か不自然な凹凸がある。表面は植物というよりも、なにか生き物の肌のような質感にも見える。そして、まだ育ち始めたばかりだからかもしれないけれど、葉っぱのようなものは見られない。僕は、この初めて見たものに興奮し、写真を撮ったり、成長を記録したりしていた。この植物のことを学会で発表し、一躍有名になるのだとそんなことを考えていた。
そんなふうに、夢のようなことばかりしか考えていなかったせいだろう。事態の深刻さに気付いたのは、それから数週間後だった。その頃にはその植物は、僕の小さいワンルームの部屋の、三分の一ほどを覆うほど、広がっていた。つるは伸び、枝分かれし、さらに伸びていき、止まらない。最初のうちは、まるで自分の子どもを育てるような気持ちだった僕も、このままでは部屋中を覆い尽くしてしまうのではないかと思い始めた。そして、そう思い始めた時にはもうすでに遅かったのだ。
成長の早さは、日を追うごとに早くなった。このままではいけない、とは思ったけれど、だからといってこの植物を捨てたりするわけにはいかない。僕にとってこの植物は希望なのだ。ではどうするべきか。研究所に持って行くべきだろうか。持って行ったら他の人たちに見つかって、手柄を横取りされてしまう、というのを避けたかったのだけれど、そんなことは言っていられないかもしれない。ただ、ここまで成長してしまうと、どうやって持って行くのかという問題もある。運ぶのを諦めるという選択も考えなければならなかった。となると、つるを切って部分的に処分するしかないかもしれない。切ったらこの植物がどうなるか、という不安もあるけれど、そうするしかないのかもしれない。万一、枯れてしまったとしても、写真は既にたくさん撮ってあるし、成長の記録も十分に取っている。そういう意味では、何とかなるだろう。
そこまで考え、僕はつるを切る決意をした。その日はもう夜遅くなっていたから、翌日休みを取って、その日のうちにやろうと考え、その夜は眠った。そうして朝、目が覚めるとその植物はさらに成長していた。
その植物は部屋一面に広がり、ドアの部分を遮って、僕は部屋から出る事すらできなくなっていた。僕は恐ろしくなり、つるをちぎろうとしたけれど、手で引っ張ってもちぎれないくらいに、それは強いものだった。包丁やナイフを使おうと思ったけれど、それらが入っている棚などにも植物は広がり、棚を開けることが出来ない。いっそコンロで火を点けて燃やしてしまえ、という気持ちにもなったけれど、点火するためのツマミにもつるが絡まっていて、捻ることが出来ない。昨日まではそんなことはなかったのだ。まるで僕の思考を読み取り、僕が何もできないようにしようとしているかのようだった。
どうしよう、と思ったけれど、混乱して何も思いつかない。呆然と僕は植物を見渡す。オレンジに黒い斑点の模様が広がっている。なぜもっと早く対処しなかったのだろう、と思ったけれど、すべては今更だ。このまま出られなくなったら。僕はうろうろと部屋の中を歩く。何も思いつかず、何もできず、そしてじっとしていることができない。ただ時間が過ぎていく。そうしている間にも植物は成長しているようだった。突然足を引っ張られ、前のめりに倒れ、その時に机の角で頭を打った。呻きながら足元を見ると、つるが足に絡み付いていた。そのまま僕は気を失った。
ずきずきとした頭の痛みで目を覚まし、僕は自分の身体中に植物が絡み付いているのに気付いた。ただその代わり、部屋中に広がっていた植物は、ほとんど消えているようだった。何が起こったのだろう。ぼんやりとした視界の中で、何かが動く。オレンジ色に、黒い斑点の、それは、僕の顔の方に伸びてきて、驚きに口を開けた僕のその口の中に、それは入ってきた。息が出来ず、苦しくなって僕は再び気を失った。
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