家鳴り

2/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
* * * 「私、亜理咲。アジアの亜に、理科の理に、花が咲くで、亜理咲。宜しく」  テーブルの向こう側から女子学生が右手を差し出してきた。私はためらいがちに握り返す。 「びっくりしてる? だよね。ごめんね。突然、声かけて」 「いえ、大丈夫です」 「名前、教えて?」 「佳奈です。よろしくお願いします」 「入学式のあと、一人みたいだったんで。一緒だなーと思って声掛けちゃった。経済学部だよね」 「はい」 「同級生なんだから、ため口でいいよ。亜理咲って呼び捨てにしてくれていいから。私も佳奈って呼ぶから」  入学式は校内の講堂で行われた。この大学は総合大学で学生数は多い。講堂は大きいが、それでも新入生全員は入れない。そこで、学部を区切って式が行われたのだ。  講堂から出たあと、親族と写真を撮っている人たちを、ぼーっと眺めていたら、亜理咲に声を掛けられた。 「佳奈んち、ご両親は来てないの?」 「食堂をやっていて休めないんだ。あと、遠いし」  亜理咲は「そうなんだ」と私の目を見ながらうなずく。  少し染めた髪は、地毛と言い張るには茶色すぎる。ブランドに疎い私にはよく分からないけれど、持っているバッグは高そうだ。都会の女子大生といった印象。黒髪で、ほぼノーメイクの私とは正反対。 「亜理咲……さんちは、保護者は?」 「だから『さん』は要らないって。まあ、いいや。うちは近すぎて来なかった。私、実家通いなんだよね。こっからだと徒歩で20分、車なら5分ってとこかな」 「大学が近いと、来ないものなの?」  アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら問いかける。 「近いからっていうか……うち、お父さんも、お母さんもこの大学出身なんだ。中に入るまでもないっていうか、新鮮味がないっていうか、そんな感じ。今日、入学式だったっけ、行ってらっしゃーい、みたいな感じ」  亜理咲は、舌を出して苦笑いをした。両親に対する当てつけは感じなかった。 「実家が遠いってことは、一人暮らし? いいなー。羨ましい! 遊びに行ってもいい?」  今度は私の方が苦笑いを浮かべた。外壁が剥げた寮に人を招くのは恥ずかしい。部屋も狭いし。 「掃除が苦手で部屋、汚いし」  適当な理由をつけて断ることにしたが、亜理咲は引かなかった。 「私の部屋なんてゴミ屋敷。散らかってても私、耐性あるから」  単純な理由では、諦める気はなさそうだ。本当のことを告げるしかない。 「私、女子寮に入ったんだ。随分と古い建物だから、来てもらっても、おもてなしができないかなって」 「そう……女子寮……」  亜理咲の表情が急に引き締まった。  高いテンションは成りを潜め、心なしか目を大きく見開いていた。 「内装は綺麗だけど、外観は最悪」 「女子寮って、3つ目の駅から歩いて行くところだよね」 「そうだけど……」 「そうなんだ。まあ、確かにあそこは古いよね。あっ、ごめん。悪い意味じゃないよ」  これまでハキハキと話していた亜理咲の歯切れが、急に悪くなった。 「言いにくいことでも、あるの?」 「……」  目を見据えると、亜理咲はうろたえるように視線を泳がせた。 「やっぱ、伝えておいた方がいいかな。あっ、別に聞きたくないなら言わないけど」 「そんな言い方されて『聞きません』なんて言えないよ」 「だよね。ごめん」  快活なイメージだった亜理咲に謝られると、余計に気になった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!