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「私、亜理咲。アジアの亜に、理科の理に、花が咲くで、亜理咲。宜しく」
テーブルの向こう側から女子学生が右手を差し出してきた。私はためらいがちに握り返す。
「びっくりしてる? だよね。ごめんね。突然、声かけて」
「いえ、大丈夫です」
「名前、教えて?」
「佳奈です。よろしくお願いします」
「入学式のあと、一人みたいだったんで。一緒だなーと思って声掛けちゃった。経済学部だよね」
「はい」
「同級生なんだから、ため口でいいよ。亜理咲って呼び捨てにしてくれていいから。私も佳奈って呼ぶから」
入学式は校内の講堂で行われた。この大学は総合大学で学生数は多い。講堂は大きいが、それでも新入生全員は入れない。そこで、学部を区切って式が行われたのだ。
講堂から出たあと、親族と写真を撮っている人たちを、ぼーっと眺めていたら、亜理咲に声を掛けられた。
「佳奈んち、ご両親は来てないの?」
「食堂をやっていて休めないんだ。あと、遠いし」
亜理咲は「そうなんだ」と私の目を見ながらうなずく。
少し染めた髪は、地毛と言い張るには茶色すぎる。ブランドに疎い私にはよく分からないけれど、持っているバッグは高そうだ。都会の女子大生といった印象。黒髪で、ほぼノーメイクの私とは正反対。
「亜理咲……さんちは、保護者は?」
「だから『さん』は要らないって。まあ、いいや。うちは近すぎて来なかった。私、実家通いなんだよね。こっからだと徒歩で20分、車なら5分ってとこかな」
「大学が近いと、来ないものなの?」
アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら問いかける。
「近いからっていうか……うち、お父さんも、お母さんもこの大学出身なんだ。中に入るまでもないっていうか、新鮮味がないっていうか、そんな感じ。今日、入学式だったっけ、行ってらっしゃーい、みたいな感じ」
亜理咲は、舌を出して苦笑いをした。両親に対する当てつけは感じなかった。
「実家が遠いってことは、一人暮らし? いいなー。羨ましい! 遊びに行ってもいい?」
今度は私の方が苦笑いを浮かべた。外壁が剥げた寮に人を招くのは恥ずかしい。部屋も狭いし。
「掃除が苦手で部屋、汚いし」
適当な理由をつけて断ることにしたが、亜理咲は引かなかった。
「私の部屋なんてゴミ屋敷。散らかってても私、耐性あるから」
単純な理由では、諦める気はなさそうだ。本当のことを告げるしかない。
「私、女子寮に入ったんだ。随分と古い建物だから、来てもらっても、おもてなしができないかなって」
「そう……女子寮……」
亜理咲の表情が急に引き締まった。
高いテンションは成りを潜め、心なしか目を大きく見開いていた。
「内装は綺麗だけど、外観は最悪」
「女子寮って、3つ目の駅から歩いて行くところだよね」
「そうだけど……」
「そうなんだ。まあ、確かにあそこは古いよね。あっ、ごめん。悪い意味じゃないよ」
これまでハキハキと話していた亜理咲の歯切れが、急に悪くなった。
「言いにくいことでも、あるの?」
「……」
目を見据えると、亜理咲はうろたえるように視線を泳がせた。
「やっぱ、伝えておいた方がいいかな。あっ、別に聞きたくないなら言わないけど」
「そんな言い方されて『聞きません』なんて言えないよ」
「だよね。ごめん」
快活なイメージだった亜理咲に謝られると、余計に気になった。
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