家鳴り

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「もしかして、怖い系? 私、苦手なんだけど……」  テレビでも動画サイトでも絶対に見ない。夜、トイレに行けなくなる。  亜理咲は震える声で聞く私に「そっち系」と小声で告げた。 「教えて。知らないまま生活する方が余計に怖いし」 「お父さんから聞いたんだ。だから、三十年以上も昔の話」  何も飲んでないのに、喉がゴクリと鳴った。 「芸術学部の生徒だったと思う。その子、女子寮に住んでたんだけどね、部屋の中で死んじゃったんだって」 「……殺人ってこと?」  亜理咲は小さく首を横に振る。 「自殺だったみたい。死に方が普通じゃなくて、当時、結構な話題になったんだって」 「そうなんだ……」  そう答えるのが精一杯だった。 「彼がいたらしいの。どこの学部だっけな? 理系だったと思う。付き合ってすぐだったらしいんだけどね、出来ちゃったらしいの」 「出来たって?」  私は自分のお腹をさするジェスチャーをする。 「そう。でも、二人とも大学に入ったばかりなので、ひどく悩んだみたい。彼女は産みたいと言ったんだけど、彼は首を縦に振らなかった。結果、中絶しかなくなっちゃった」  コーヒーカップが空になっていたので、亜理咲はグラスの水を口に含んだ。 「ひどい男でさ。子供を堕ろしたあと、その子を振って、別の子と付き合い始めたんだって。さらに、根も葉もない噂を流し始めた。あいつは誰とでも寝る、とんでもない女だって」 「ひどい……」 「だよね。女の子は心を病んでいって、学校に来なくなったの。さすがに心配になった彼が見に行ったそう。合鍵を持っていたみたい。ドアを開けると、内側からチェーンが掛かっていた。でも、はっきり見えたんだって……部屋の中央で首を吊っている彼女のことが」  私はヒッと、悲鳴を上げてしまった。 「警察を呼んで中を調べると、死に方が異常だったそうなの」 「……異常?」 「ドアにいくつもチェーンを付けてたんだって。開かないように。あとね……部屋中を真っ赤に塗ってたんだって。彼女、首を吊る前に手首も切っていたみたいなの。返り血とペンキで、室内は凄惨な状態だったって……」 「もう、聞きたくない!」  私は両手で自分の体を抱えた。震えが止まらなくなっていた。  なぜ、この人はこんな話をするのか。 「最後まで聞いて欲しいの。だって……」 「あなた何様のつもり? 出会ってすぐに、こんな話をして。怖がる私を見て楽しい? もういい!」  どうしていいか分からず立ち上がる。 「帰っちゃうの?」 「トイレ」  一旦、その場を離れたかった。帰ることもできたが、初対面なのに失礼だと思い、踏みとどまった。  トイレから戻ると、亜理咲はメモ帳に何かを書き記していた。私に気付くと、紙を一枚破いて差し出してきた。 「本当にごめん。連絡先、書いといた。困ったことがあったら、いつでも連絡して。私の家、寮から近いし」  亜理咲は口元を少しだけ緩ませるが、メモを差し出す指先は震えていた。私は紙を受け取って、バッグへ入れた。 「帰るね。部屋の片付けあるし」  私は亜理咲を置いて、喫茶コーナーをあとにした。
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