家鳴り

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「弟と公園でサッカーボールを蹴って遊んでたら、転んで骨折した」  さっきよりも不幸なはず。しかし、家鳴りは再度、不満を告げていた。  遠い記憶が蘇ってくる。  私があまりに痛がるので、弟は家からお母さんを呼んできた。お母さんは血相を変えて、私を背負って家に連れて帰った。  タイミングよくお父さんが帰宅。お父さんも慌てて私を車に乗せて、救急病院へ連れて行ってくれた。  私には、元気な弟と、優しい両親がいる……いや、いた。  3人はもう……いない。  堰を切ったように、記憶がフラッシュバックした。  4年前、中学3年生のとき。  忘れていたわけではない。しかし、記憶の奥底に押し込もうとしていた。  あまりに辛い出来事だったから。  スマホを持つ手が震えた。暗闇や家鳴りの恐怖はどこかに飛んだ。事故の記憶が、胸の奥から湧き上がってくる。 「ふざけんじゃないわよ!」  私は暗闇の中、天井を見据えた。 「自分が一番つらいなんて、何様のつもりよ!」  気が付けば、両目から涙が流れていた。  私は、泣き叫びながら事故のことを語った。  受験を控えている私は家で勉強、残りの家族は車で母の実家へ向かっていた。その途中の出来事。  飲酒運転の大型トラックが対向車線からはみ出してきた。乗用車は、高速で走行するトラックの前では非力だった。  グシャグシャに潰れた車の中で、3人は亡くなった。  即死だろう……と警察は言った。 「ふざけんな! ふざけんな!」  近くにあったものを手あたり次第、天井に投げつけた。 「あんたは、自分でしちゃったから、そうなったんでしょ。自業自得。だったら、自分でなんとかしなさいよ! 弟も、お父さんも、お母さんも……何も悪いこと、してないのに」  トラック運転手は、最後まで謝罪をしなかった。賠償金は一銭も払われていない。  悲しみがこらえきれず、私は声を上げて泣き始めた。  どのくらい泣いていたか分からない。  気が付いたときには、部屋の電気が灯っていた。 ――終わった……の?  スマートフォンを確認する。  アンテナは、しっかり4本立っていた。  私はおもむろに、電話アプリを立ち上げて番号をタップした。 「……はい、どなたですか? えっ、佳奈!? どうしたの、こんな深夜に!」  懐かしい、安心できる声。 「ごめんね、おばさん」  驚くほど声が震えていた。  お母さんの妹。子供がいなかった妹夫婦が、私を引き取って育ててくれた。  優しく、ときに厳しく。本当の子供のように。 「おばさんに会いたい。来てもらっても、いいかな?」  数秒の沈黙が流れた。 「当然じゃない。あなたのためなら、どこにだって飛んでいくわよ」  鼻をすするような音がした。おばさんの声も震えていた。 「おじさんとおばさんが居てくれたから、ちゃんと生きてこられた。これからも、頼っていいかな?」 「当たり前でしょ……だって、あなたはもう、うちの子なんだから……」  二人とも電話口で泣いてしまい、しばらく会話にならなかった。
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