5人が本棚に入れています
本棚に追加
「弟と公園でサッカーボールを蹴って遊んでたら、転んで骨折した」
さっきよりも不幸なはず。しかし、家鳴りは再度、不満を告げていた。
遠い記憶が蘇ってくる。
私があまりに痛がるので、弟は家からお母さんを呼んできた。お母さんは血相を変えて、私を背負って家に連れて帰った。
タイミングよくお父さんが帰宅。お父さんも慌てて私を車に乗せて、救急病院へ連れて行ってくれた。
私には、元気な弟と、優しい両親がいる……いや、いた。
3人はもう……いない。
堰を切ったように、記憶がフラッシュバックした。
4年前、中学3年生のとき。
忘れていたわけではない。しかし、記憶の奥底に押し込もうとしていた。
あまりに辛い出来事だったから。
スマホを持つ手が震えた。暗闇や家鳴りの恐怖はどこかに飛んだ。事故の記憶が、胸の奥から湧き上がってくる。
「ふざけんじゃないわよ!」
私は暗闇の中、天井を見据えた。
「自分が一番つらいなんて、何様のつもりよ!」
気が付けば、両目から涙が流れていた。
私は、泣き叫びながら事故のことを語った。
受験を控えている私は家で勉強、残りの家族は車で母の実家へ向かっていた。その途中の出来事。
飲酒運転の大型トラックが対向車線からはみ出してきた。乗用車は、高速で走行するトラックの前では非力だった。
グシャグシャに潰れた車の中で、3人は亡くなった。
即死だろう……と警察は言った。
「ふざけんな! ふざけんな!」
近くにあったものを手あたり次第、天井に投げつけた。
「あんたは、自分でしちゃったから、そうなったんでしょ。自業自得。だったら、自分でなんとかしなさいよ! 弟も、お父さんも、お母さんも……何も悪いこと、してないのに」
トラック運転手は、最後まで謝罪をしなかった。賠償金は一銭も払われていない。
悲しみがこらえきれず、私は声を上げて泣き始めた。
どのくらい泣いていたか分からない。
気が付いたときには、部屋の電気が灯っていた。
――終わった……の?
スマートフォンを確認する。
アンテナは、しっかり4本立っていた。
私はおもむろに、電話アプリを立ち上げて番号をタップした。
「……はい、どなたですか? えっ、佳奈!? どうしたの、こんな深夜に!」
懐かしい、安心できる声。
「ごめんね、おばさん」
驚くほど声が震えていた。
お母さんの妹。子供がいなかった妹夫婦が、私を引き取って育ててくれた。
優しく、ときに厳しく。本当の子供のように。
「おばさんに会いたい。来てもらっても、いいかな?」
数秒の沈黙が流れた。
「当然じゃない。あなたのためなら、どこにだって飛んでいくわよ」
鼻をすするような音がした。おばさんの声も震えていた。
「おじさんとおばさんが居てくれたから、ちゃんと生きてこられた。これからも、頼っていいかな?」
「当たり前でしょ……だって、あなたはもう、うちの子なんだから……」
二人とも電話口で泣いてしまい、しばらく会話にならなかった。
最初のコメントを投稿しよう!