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* * *
「佳奈、引っ越すんだよね……」
血の気の引いた顔で亜理咲が、私に問いかける。
「しばらく、住むつもり」
唖然とした様子で口と目を大きく開いた亜理咲は、あり得ないと言いたげだ。
昨晩は、深夜にも関わらず、父親が運転する車で助けに来てくれた。
洗濯機を動かし、ドアが開いた。
私は礼を述べて「また、明日話す」とだけ告げたのだった。
講義のあとに喫茶で待ち合せて、昨晩の出来事を語った。
「地震も停電も起こってない。佳奈が体験したことって、あり得ないことなんだよ。なのに、なぜ?」
「電気がついたとき思ったの。私も同じようになってたかもって」
「死んだ女性みたいに?」
私はゆっくりと首を縦に振る。
家族を失い、生きているのが辛かった。トラック運転手を殺してやりたいとも思った。
「おじさんと、おばさんが居てくれたから踏みとどまれた。彼女にはそういった人がいなかったんじゃないかな。苦しみを分かち合えるような人が」
亜理咲は「そう……」とだけつぶやいた。
あの部屋に住むことが、女性を弔うことになるのかは分からない。
しかし、辛い体験を吐き出したとき、彼女と通じるものを感じたのは事実だった。
「いつまでも住む気はないよ。もうちょっとだけ。だから、出るときは新居探し、手伝ってもらっていい?」
「いいよ。私、この辺、詳しいから」
亜理咲は、やっと笑ってくれた。
(了)
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