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家鳴り
私は一息ついて、フローリングの上に体育座りをした。
ここまで、2時間、換気をしつつ雑巾で床を拭いた。疲れたので休憩。
「まだ、カビっぽい匂いがするな」
嘆きながら、ペットボトルのお茶を口にした。
六畳一間の新居には、実家から運ばれてきた段ボール箱が3つあるだけだ。
掃除の続きを……と思った時、床の上に置いていたスマートフォンが震えた。
「佳奈? 新居はどう? ちゃんと住める状態になりそう?」
電話口からは、聞きなれた女性の声。
「うん、何とかなりそう。掃除が半分くらいってところ」
「一人じゃ大変でしょ。私も行けばよかったかしら」
「心配性だな。もう18歳なんだから、大丈夫だよ。早く独り立ちしたいし」
心細さを感じていたが、強がることにした。引っ越し初日から弱音は吐けない。
「大学の入学式、3日後よね」
「うん。買ってもらったスーツで行くね」
「やっぱり入学式、行くことにすればよかった」
「新幹線代だって馬鹿にならないし。写真撮って送るね」
「信頼できるお友達を、早く作るんだよ」
「そうする。じゃあね」
電話を切ってから「よし!」と自分に気合いを入れて立ち上がった。
まともな生活を送るには、設備が圧倒的に足りていない。軍資金は12万円。ベッドとテレビと冷蔵庫、あと、調理器具が欲しい。
私は掃除を中断して、買い物に出ることにした。
外から建物を眺める。三階建て築50年。壁は所々剥がれていた。これから私が暮らす、大学の女子寮だ。
大学から駅が三つ分離れた住宅街にある寮は、周囲の家屋と比べても古さが際立っていた。
「節約、節約!」
自分にそう言い聞かせて、坂を下った。寮の最大の魅力は家賃の安さだ。この辺りの相場の1/3。捨てがたいメリット。
外見は古いが、内装はメンテナンスされていた。床はフローリングだし、壁も白く塗り直されていた。あとは、小さなキッチンにユニットバス。
下宿をしたいと言い出したのは私だ。うちの収入では厳しいのは分かっていた。なので、家賃と生活費は自分で稼ぐことを提案して認められた。
数駅先にショッピングモールがある。徒歩でも行けそうなので散歩がてら歩くことにする。
ホームセンターでベッドを購入。
「マットはこれで、あと、台座は一番安いものがいいです」
店員さんが持ってきたのは、組立式のものだった。完成品は高価で、運送料がかかると聞いて、迷わずそれを選んだ。
「在庫がないもので、配送は3日後になります」
「3日……それでいいです」
3日後といえば入学式のあとだ。それまで、どうやって寝ようか? と考えつつ支払いを終えた。そして、敷布団にもできるので、筋トレ用のマットを買って帰った。
そのあと、包丁、まな板、鍋などの調理道具を購入してからスーパーに寄って食材を買った。
寮に着くと階段で2階に上がる。コンクリートの外階段。自動ドア付きのエントランスはないし、当然ながらオートロックなんて上等な機能もない。
廊下に置かれた備え付けの洗濯機をよけながら歩く。洗濯機が室外なんて信じられない。
表札、入れなきゃ。そう思いつつ、他の部屋のドアを確認する。
まだ、どこにも札が入っていない。入学式まで数日ある。さすがにここに住むのが私一人ということはないだろう……そんなことを考えつつ、鍵を開けた。
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