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「私、今度また引っ越そうと思うんだよね」
エレベーターの扉が開いた瞬間に、三葉は口を開いた。手にはいつものスーパーの袋を提げている。
今日は僕も同じ袋を持っていた。セールの卵がおひとり様一個までだから協力して、と彼女が頼んできたので仕事終わりに待ち合わせたのだ。
「今回は教えてくれるんだな」
「だって和久どうせまたついてくるんでしょ?」
「さすが幼馴染」
「ただの統計だよ」
僕たちがエレベーターに乗り込むと三葉は三階のボタンを押す。
扉が閉まる直前にミツバチが貼られたポストが見えた。
ストーカー男との対決の日以来ラブレターも脅迫状も届いていない。本当に溶けて消えたみたいに。
これまで届いていた手紙類は一応保管しているが、そろそろ処分してもいいかもしれない。
「引っ越してもう半年か」
「だね。今度はどこにしようかなあ」
「もう少し僕の会社に近づいたほうがいいと思うな」
「無理してついてこなくてもいいんだよ?」
エレベーターが僕たちを持ち上げる。わずかに重力を感じた。
三葉は早速スマホで次の候補地を検索し始める。
彼女のマップアプリにはこれまで住んできた場所に花のマークをつけているらしく「まだ北のほうには住んでないんだよね」と呟いた。
「よし決めた。北を攻めよう」
「城主みたいだな。もうちょっと悩まなくていいのか?」
「気に入らなかったらまた引っ越せばいいからね」
数秒で引っ越し先を決めた三葉が今度は引っ越し業者の検索を始めたところでエレベーターが三階に到着する。
チン、と高い音が鳴って扉が開くと、爽やかな風が僕たちを出迎えた。
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