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「てか私、引っ越すって和久に言ったっけ」
「知らない? 近所の人が引っ越すときはあらかじめ通知書が来るんだよ。○○号室の人が何日に引っ越すから振動に備えてください、って」
「あーそういえばそんなルールあったかも」
エレベーターを降りてエントランスを抜けるとき、彼女の部屋のポストにミツバチのシールが貼ってあるのを見つけた。
僕は「これもらうね」とシールを剥がして自分のポストに貼る。
「いっつも私のミツバチ取らないでよ。目印なんだから」
「かわいいから欲しくなっちゃって」
「自由すぎでしょ」
そうは言いながらも彼女はシールを取り返そうとはしなかった。
「にしても、どんどん景色がつまんなくなってくね」
外に出てすぐに見えたのは、まったく同じデザインの白いマンションがいくつも並ぶ光景だった。
階数や各階層の部屋数に違いはあれど、それ以外の点については違いがわからない。コピーして貼り付けたように同じ顔をしたマンションが乱立している。
「代わりに引っ越しやすいから」
「まあそうね。その恩恵を一番受けてるのは私だろうし」
三葉は苦笑を残して歩いていく。僕も同じように苦笑いを浮かべた。
気軽に引っ越しできる世界はどこの景色も代わり映えしないなんて皮肉な話だ。
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