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「引っ越しって花占いに似てるよね」
今の『枠』に引っ越してから三ヶ月が経ち、さすがに自分のマンションを見分けられるようになった頃、帰り道で遭遇した三葉はそんなことを口にした。
手には最寄りのスーパーの袋を提げている。半透明のビニール袋には野菜や牛乳が入っているようだ。
「あの好き、嫌い、ってやつ?」
「そうそう。だいたい二択のアレ」
似てるだろうか。マンションから部屋が引き抜かれる様は千切られる花びらに見えなくもないけど。
「引っ越すたびに占ってる感じなの。次に住む町を好きになれるか嫌いになるか」
「まあ実際住んでみなきゃわからんしな」
「神のみぞ、ってやつね」
「神様は信じてないんだ」
「神様はいるよ。占いと悪戯のときだけ」
「迷惑なやつだな」
二人で話しながらエントランスに入る。ポストに入っていた封筒をカバンにしまって、オートロックを解除した。
ちょうど一階で待っていたエレベーターに乗り込む。
「だから私、引越しが好きなんだよね」
エレベーターが三階に到着して、共用廊下に出たところで彼女はそう告げた。
廊下に設置された高い柵の向こう側では建物群が夕焼けに照らされ、同じ形の影を落としている。
「次住むとこが大好きな場所になりますように、って願いながら引っ越すの。住み始めはよくわかんないけど、しばらく暮らしてれば結果がわかってくる。なんかわくわくしない?」
夕日を浴びながら三葉は笑った。咲くような笑顔の華やかさは昔から変わらない。
昔から変わらないことを本当にうれしく思う。
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