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「おい37701円」
真っ暗な芝生広場に向かって僕は呼びかけた。
午前二時を過ぎた広場は不気味なほど音一つなく、立ち並ぶ低木の奥にある暗闇は底がなさそうに見える。
三階への光は遮らない低木だが、こうして地面に立って見れば人を隠すには十分な高さだ。
「なんだお前」
低い声とともに木の裏側からゆっくりと人影が現れた。
背の高い男だった。全身真っ黒な服を着て、フードを目深に被っている。
服の上からでもわかるほどに筋肉質な身体をしていて、身長以上に大きく見えた。よく低木一本で気配を隠しきれたなと感心してしまう。
「いつもトマトとラブレターをありがとう。潰れてなきゃ最高だったんだけど」
「ああ、もしかしてお前あの部屋の住人?」
不審がるようにこちらを睨みつけていた男の目が納得したように丸くなる。不審者はそっちだろ。
男の右手には真っ赤なトマトが握られている。ひとつしか持っていないところを見ると、すでにもうひとつは僕の部屋の窓ガラスに色を付けているのだろう。
「毎朝ベランダ掃除するのそろそろキツいんだよ。低血圧なんでね。そっちも貯金切り崩して辛いだろ」
「うちは給料だけは良いんでご心配なく。んなことよりそんな生活強いられる部屋なんかさっさと引っ越しちゃえばいいんじゃないか?」
「そんなにあそこの部屋が羨ましいかい」
にやりと男は口元を歪めた。
──隣人ストーカー、と言うらしい。テレビでやっていた。
ターゲットの部屋の隣室に嫌がらせをして引っ越させ、空いた場所に自分が引っ越してくる。
そして隣人関係を利用してターゲットに接触する、という手口だそうだ。
三葉が引っ越してすぐに隣の部屋が空いたのもこいつのせいだろう。
低コストで気軽に住居を変えられる現代が生んだ怪物だ。
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