兎追う

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「私と音楽、どっちを選ぶの。ねぇ、答えてよ」    学生時代、付き合っていた彼女にそう言われた。俺と絵里が付き合うことになったきっかけは、音楽なのに、なんでそんなひどいことを言うかね。  文化祭の打ち上げ後、なんとなくの流れで行ったカラオケで俺の歌を聞いて、俺のことを好きになったらしい。  卒業後、ミュージシャンとして売れたくて、東京へ行くって言ったら、彼女から「遠距離恋愛は続く気がしないから無理」と言われた。 「東京に行くなら私と別れて。これからも私と恋人同士でいたいなら、東京には行かないで」  残酷な話だ。こんな2択、選べるわけないじゃん。彼女のことは好きだったけれど、ミュージシャンになりたいという夢も挑戦してもいないのに、諦めたくなかった。 「そう言われても、どっちかなんて決められないよ。どっちも俺にとっては大切だから」 「……簡単だよ。簡単な話だよ」 「涼太君には悪いけど、涼太君のレベルではプロとして通用できるとは、とても思えない。人を感動させられないわけではない、現に私は感動したしそれが好きになったきっかけだから。でも、たくさんの人を感動させられる程の才能は、涼太君にはない」 「それならさ、そんな無駄なことやめて、これまで通り私と一緒に笑い合ってた方が幸せだとは思わない?」  当時の俺は、そんなことを言われて、納得できるほど大人ではなかった。彼女の言い方もどこか棘のあるように聞こえたから、つい、余計なことを言ってしまった。 「いや、俺にとって夢は、音楽で成功するっていう1つしかない。たぶん、この先もそう簡単には見つからないと思う。だけど、絵里みたいな可愛くて性格のいい子なんてのはさ、探せばすぐに見つかると思うんだよ。ましてや俺行くの東京だよ? 人の数が多い分、きっとそういう子に出会える確率も増えるだろうしね」 「そう。そっか……」  ――それで、俺と彼女は別れた。  俺は「音楽」を選んだ。    あれから8年。  俺は、音楽で成功していない。  彼女が言った通り、俺は全くといっていいほど、通用しなかった。一人で売れるつもりだったけれどうまくいかなくて、デュオだったりバンドだったり、いろんな人と組んでやってみた。  オーディションで不合格を貰うたびに、彼女の言葉、彼女の顔を思い出す。正しかったのは、彼女の方だったと。   通用していないね俺、まったくと言っていいほど。合格どころか、最終審査にまで進んだことすらない。 「可愛くて性格のいい子なんてのはさ、探せばすぐに見つかる」  なんて啖呵を切ったものの、いまだに彼女以上の女性に会っていない。いや、いるのかも知れないけれど、俺を好きになってくれることはない。
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