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彼と並んで歩くつもりはない。
後から追いつかれるのもごめんだ。
ザフィーラは脇へ一歩寄り、答える。
「お前が先に行きなさい」
彼は素直に歩き出した。ザフィーラは顔を下向ける。耳飾りが小さな音を立てた。
横を通り過ぎるときの彼からは、アシルと同じ軽やかな香りがした。
「待って」
背後で足音が止まる。
床のタイルを見ながら、ザフィーラは押し出すように口にした。
「本当の名前は、何」
「セレスティノ。――セレスティノ・レジェス・デ・ラローチャ」
「……セレスティノ」
耳慣れない異国のその名は、確かに彼が砂漠の民ではないことを示していた。
「……全部、お前のせいよ。卑怯者」
背中越しの呼吸はまったく乱れない。彼はやはり淡々と、
「そうかもしれない」
と返してきた。そうして一歩踏み出し、なぜか動きを止めた彼は、小さな、ごく小さな声で言う。
「……私を助けなければ、よかったね」
不意を突かれてザフィーラは息をのんだ。
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