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「もちろんですとも」
「ではさっそくお願いするわ。今のところ、部屋の手伝いは必要ないから」
御意、と答えた男は静かに礼をして歩み去る。その背に向けてザフィーラは最後に声をかけた。
「それでいいの?」
何が、とは言わなかった。イバンも問い返さなかった。ただ、
「可能な限り姫君の意に従うよう、仰せつかっております」
とだけ答えて姿を消した。
男の足音が聞こえなくなってから、ザフィーラは自分に言い聞かせる。
(私は、考えなくてはいけないわ)
どうしてマドレーの第四王子は、ザフィーラの意に従うようイバンに命じたのだろう。
ザフィーラが海の向こうのことに興味を持つとは思わなかったのか。
あるいは、学んだところで何もできやしないと思ったのか。
――それとも。
ザフィーラは眉間に力を入れる。
「……そんなことで、許したりしない……」
怒りも悲しみもまだ胸を支配している。血にまみれた大広間を覚えている。ナーディヤの最期も忘れられない。どれほど時を重ねようと、絶対に忘れない。
ザフィーラの耳の奥に、いきなさい、という声が聞こえる。これはナーディヤが遺した言葉だ。「いきなさい、ザフィーラ」と。
ナーディヤがそう言ってくれたから、ザフィーラはきっと行く。敵のことを知るため。母の故郷を知るため。海の向こうへと。――そうして再び砂漠へ戻ってこられた、その時は。
窓からは明るい光が燦々と降り注いでいる。
導きの星が空に現れるのは、まだ先だ。
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