超ミニマリスト

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超ミニマリスト

「おじゃましまーす」  竹田は、友人である三崎の引っ越し祝いに、彼の家を訪れた。郊外にある清潔感漂うマンションの一室だ。 「って、思ってた以上にこじんまりした部屋だな。前の家にあった荷物、全部入ったの?」 「荷物? あぁ、ずいぶんと捨てたよ」 「こんなにスッキリするもんかねぇ。お気に入りのギターとか、集めてた漫画とかは?」 「もちろん捨てたよ」 「えっ!? かなりお金を注ぎ込んでたよな?」 「まぁね。でも、邪魔だったし。身軽な生活をしたくなったんだよね。いわゆるミニマリストってやつかな」 「ミニマリストかぁ……最近よく耳にするけど、それにしても思い切ったもんだなぁ」 「思い切らないと、ミニマリストになんてなれやしないぜ」  三崎は白い歯をニッと見せて笑った。 「三崎のやつ、ミニマリストになったんだってさ。先日、アイツの家を訪ねてみたら、ビックリしたよ。次から次へと新しいものに興味を持っては、金持ちの特権でモノを買い漁ってたアイツが、殺風景な部屋で生活してるなんて――」  仕事終わり、竹田は三崎と共通の友人である島岡と酒を飲んでいた。話題は三崎のミニマリスト化へと。 「それって、M町のマンションのこと?」 「そうそう。M町の」竹田が頷く。 「お前、知らないの? アイツ、もう別の家に引っ越したんだぜ」 「ウソだろ?! 引っ越したばかりなのに?」 「ほんとさ。隣外の、こじんまりしたマンションに。機会があれば行ってみればいいさ。きっと腰を抜かすぜ」  島岡から得た情報が気になって仕方がない竹田。すぐさま三崎にメッセージを送り、引っ越し祝いの訪問を打診してみた。  ほどなくして三崎からの返信。「もちろん!」と快諾の返事。週末に新居を訪問する運びとなった。 「おじゃま……します」  腰を抜かすぜ――と、島岡から前フリを受けていた竹田は、まるでお化け屋敷にでも足を踏み入れるかのように身構えていた。  玄関とリビングが直結しているタイプの部屋。何ひとつモノがない空間の中、フローリングの上で三崎は寝そべっていた。純白のシャツにアイボリーのパンツ。無駄な装飾が一切排除された服装の三崎は、「ようこそ」と、弾む声で迎え入れてくれた。 「ウソだろ……前の家にあったモノは?!」 「捨てたよ。使わないモノなんか持っていても意味がない。お前ももっと身軽になったほうがいいぜ」  頭の後ろで枕のように腕を組み、リラックスした様子の三崎。一方の竹田は、モノが何もない空間に、違和感を覚えるばかりだった。 「こんなんで生活できるの?」 「もちろん」 「って、爽やかに即答されてもなぁ……ここで普通に暮らしてるイメージがつかないよ。そんなことより、勝手にミニマリストになんかなって、志穂ちゃんは怒らないのか?」  三崎は大学卒業と同時に志穂と付き合いはじめ、もう七年ほどの仲だ。特に関係が拗れた気配もなく、交際は順風満帆だったはずだ。 「志穂? 別れたよ」 「えっ、別れた?!」 「身軽な生活に重い恋愛は蛇足。志穂からは結婚を迫られていたから、どうにも重くってねぇ。今回の引っ越しとあわせて、彼女とはサヨナラしたよ」 「――何もそこまで断捨離しなくても」 「断捨離の秘訣は、迷わない悩まない情をかけない。いつか使う、いつか使うと思って、みんな大量のモノを保有してるんだろ。俺に言わせりゃ滑稽すぎる。生きる上で必要なモノなんて、ホントは限られてるんだよ」  恋人さえも切り捨てた三崎には、捨て去ったモノたちへの未練はカケラもないようだ。  何もない部屋には、もちろん娯楽もない。だから特にやることもない。気まずい時間だけが流れ、居心地が悪くなった竹田。「また来るよ」ひとり言のように呟くと、天井を眺め鼻歌をうたう三崎を残し、部屋をあとにした。  あれから度々、三崎の引っ越しの噂を耳にした。部屋のスペースさえも余分に感じた三崎は、身軽な自分にフィットする狭い部屋を探し求め、良い物件があれば転々としているらしい。モノを持たない彼にとって引っ越しは、単なる身体の移動に過ぎないのだろう。  先日、島岡が彼の新居を訪ねた際、ついに三崎は一糸まとわぬ姿――全裸でフローリングに寝そべっていたらしい。  それだけじゃない。食べることも飲むことも無駄だと主張し、断食まではじめていたそうだ。脂肪も無駄、贅肉も無駄。極度のミニマリストと化した三崎には、満腹感さえ嫌悪するものだったようだ。  そして、またしても三崎の引っ越しを知らせる一報が入った。それは今までのそれとは違い、特別な報せだった。  いったいどんな気持ちで彼と会えばいいのだろう。  友人の多かった三崎。引っ越し祝いには大勢の人たちが訪れていた。その中には、志穂の姿もあった。  ついに探し求めた自分サイズの部屋。三崎はきっと今、幸せの絶頂にいるのだろう。 「おじゃまします」  そう言うと竹田は、新居の部屋の扉――棺の蓋の小窓を開いた。  安らかに眠る三崎。身軽さに拘り抜いた三崎が求めた場所がここだなんて、普通の人間じゃ到底考えが及ぶまい。  小窓から覗く彼は、まるで満ち足りた夢を見ながら眠っているようだった。  竹田はそれを見て安堵する。無慈悲にモノを切り捨ててきた彼だったが、どうやら幸せだけは、断捨離せずに済んだようだ。
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