第一話:如月としゃぼん玉

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第一話:如月としゃぼん玉

大正十一年三月一日、東京は雲間から日差しが差していた。 本所區(ほんじょく)の自宅の縁側で、ひゐろは麦わらを片手にしゃぼん玉を飛ばしていた。 押上駅で別れた後、斎藤はどこに行ったのか。 あの時、なぜ私を見送る必要があったのか。 ―――()せない。 斎藤は信頼できる人だとは思うのだが、肝心なことはいつも何も言ってくれない。 常に事後報告であるのが、ひゐろには腹立たしく思えた。 いや、斎藤のことは、風来坊という認識でいたほうがいいのだろう。 そのくらいの心持ちでないと、共にいることは難しい。 そうひゐろは思い返した。 ―――まさか警察に追われて、捕まってしまった、とか。 まさかね。 その可能性が過ったものの、ひゐろは即座にそれを打ち消した。 楽しい日々というのは、かくも(もろ)(はかな)いものなのか。 このしゃぼん玉のように一時は虹色に膨らんでいくが、何かの拍子で割れては消えていく。 孟さんも、斎藤さんも、私の側にとどまってはくれない。 のどけき春とはほど遠い、とひゐろは感じていた。 この縁側から十七尺ほど離れたところに、この集落の共同水道があった。
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