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花代は次郎の手を引っ張り、なんとか文具館から外へ連れ出した。
「航空館や交通館が見たいんじゃなかったの?もう連れて行かないわよ」
花代がそう言うと、次郎はさらに大きな声を上げて泣く。
次郎があまりにも泣くのでなだめすかすために、『此本食堂』という食堂に入った。
調味料を製造している、此本産業が経営する食堂である。
立て看板に、定食が八十銭とあった。
「安いわね」
と花代が言った。
「コロッケのような洋食もあるようだから、行きましょう」
ひゐろも同意した。
こうして四人は、『此本食堂』に入ることにした。
「いらっしゃいませ!」
そこから出てきたのは、着物に割烹着を身につけた一人の女性だった。
水を差し出す女給の顔を見つめると、ひゐろは驚いた。
「……小夜さん?」
「……」
「京橋の旅館にいた小夜さんでしょ?昨年の年末に、女中部屋でお世話になりました。ひゐろです」
「……ひゐろさん?」
「どうしてここに?旅館は辞められたのですか?」
「ええ。いろいろと事情があって」
小夜はうつむき、それ以上語らなかった。
「そうですか……」
二人の会話を、花代は怪訝そうに見ていた。
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