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「……父さん、ここにお越しになっている方々と働いていたんだな」
三吉が焼香をしている方々を見て、ひゐろに耳打ちした。
ひゐろは、父の働いている姿を見たことが一度もなかった。彼らの姿を見て、働いている姿を想像するしか術がない。父の働いている姿を見たら、違う父の姿が見えたのではないだろうか。
葬式が終わり、四人は女中がつくったおにぎりを食べて、各々自室に帰った。
就寝する直前に、ひゐろは民子の部屋に行った。
「お母様、今日はお疲れ様でした」
ひゐろは母の部屋に入り、正座した。
「ありがとう。ひゐろがそんなことを言ってくれるなんて、あなたも成長しているのね」
「もちろんです。来年は私も、二十歳になるんですから」
民子はクスッと笑いながらも、涙が流れ落ちるのを止めようとしなかった。
「お父様は、高等女学校を卒業してからの私を何も知らないまま、逝ってしまったわ」
ひゐろは仏壇の父の遺影を見て、黙り込んでしまった。
私が働いていることも、オートガールをしていることも、私の一人暮らしも、私の身体に新しい命が宿っていることも何一つ知らない。知らないままのほうが、良かったのか。
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