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「……ひゐろのほうはどうなの?年賀状はもらったけど、住所が書いていなかったじゃない?返信も出せなくて」
「ごめんなさい。住所は、家族にも教えていないの。でもこの機会だから、珠緒には話すわ。今は本所區に住んでいるの」
「ひゐろのお母様も心配していたわ。そしてひゐろのお父様も、体調が悪いみたい」
「……えっ?お父様が」
ひゐろは遠くに目をやると、曇天の空模様が今にも崩れそうであった。
「ねえ、これから本郷の実家に帰ってみない?」
「……これから? まだ心の用意ができていないわ。今日はちょっと……」
「私もいっしょに行ってあげるわ。行きましょう!」
珠緒は半ば強引にひゐろを市電に乗せ、ひゐろを実家に引っ張って行った。
ひゐろが実家の引き戸を開けると、女中が出てきた。
「……奥様!ひゐろさんです!ひゐろさんがお帰りです!」
女中があたふたしながら、民子を呼んだ。
「珠緒も上がって。お茶でも飲んで行って」
「私は結構よ。ここまで送り届けられれば」
「お茶くらいいいじゃない。まあ、上がって」
民子が玄関先に現れた。草履を揃える娘の姿をまじまじと見つめながら、ひゐろにこう言った。
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