おひどり様カラオケ

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『雄』の暖簾をくぐり抜けた先にあったのは、長い板張りの廊下だった。左右には扉が等間隔に並んでいて、それぞれに取り付けられた四角いガラス窓には数字が書かれている。 「何か急にカラオケ屋っぽくなったな……そうか」  ふとあることに気がつく。 「これが部屋番ってわけか?」  手元の卵を確認した。 「一七番、一七番っと……あった」  目的の部屋を見つけ、扉を押し開く。 「これでやっと練習でき」  言葉が途切れる。そこは浴室だった。 「結局風呂かよっ!!」  思わず叫んだ。 「マジでふざけてんのか?」  石タイルを大股で歩き、 「本当に僕に」  卵をタオルの上に置いてから脱いだ服を編み籠に放り込み、 「歌の練習をさせる気」  つま先から肩にかけてゆっくりと湯に身を沈めていった。 「あるのかよぅぅ」  じんわりと全身を包み込んだ温もり。木製の浴槽から香る澄んだ檜の匂い。 「気持ち良いなぁ」  自然と吐息を漏らし、 「じゃなくて!!」  しぶきと共に立ち上がった。 「だから歌いたいんだよ! しまった、僕としたことが一体何をやってるんだ」  浴槽から出て簀子に足を下ろす。 「やっぱこんなとこ早く出て別の店に」  タオルに伸ばしかけた手を、止めた。 「あれ?」  タオルに乗せていた卵が、いつの間にか真っ二つに割れていた。 「まさか落として……?」 「おれっピは無事ピヨ。安心するピヨ」  僕の言葉に被せるように響いた高い声。 「だ、誰だ、どこにいる!?」 「ここにいるピヨ」 「だからどこに?」 「面倒くさいピヨねぇ。鏡を見てみるピヨ」  壁に備え付けられた姿見の前に立ち、目を見開いた。反転する自分の頭上で動いていた、小さな黄色い姿――それはヒヨコだった。 「ようやく気づいたピヨか」  ヒヨコは流暢に喋る。 「それじゃあ気を取り直して早速歌の練習を」  話を遮るように、僕はヒヨコの丸く柔らかな体を両手で包んだ。 「何するピヨ?」  質問には答えず、そっとヒヨコを洗面所の端に下ろした。タオルで体を拭き、服を着て、無言のまま出口を目指して歩きだすと、 「待てまてピヨ」  ヒヨコが僕を呼び止めた。 「何普通に帰ろうとしてるピヨ」 「だって風呂に入りにきたんじゃないし」  僕は扉に触れるも、 「モテたくはないのかピヨ?」  動きを止めた。 「音痴を克服して合コンに挑むんじゃなかったのピヨか?」  背中越しに振り返る。 「何でそれを?」 「話は全部卵の中で聞かせてもらったピヨ」 「何か君すごいね」 「そんなことより結局モテたいピヨ? モテたくないピヨ!?」 「そりゃモテたいよ!」 「だったらおれっぴがメス達をメロメロにする歌い方を教えてやるピヨ」  胸を張るヒヨコの元へと歩み寄った。 「君が?」 「そうピヨ」  腕を組んで見下ろす僕に、 「……疑ってるピヨね?」  ヒヨコは目を細めた。 「とにかく話を聞くピヨ。まず、おれっぴ達鳥類が歌っているのを見たことはあるピヨ?」  首を捻った。 「歌ってるというか、道端で鳴いてるのはよく見かけるけど」 「それが歌ってるって言うんだピヨ」 「そ、そうなんだ」 「厳密にいうと鳥類の鳴き方には大きく分けて二種類あるピヨ。一つが地鳴きといって仲間と連絡を取るための手段ピヨ。そしてもう一つがさえずりと呼ばれる、いわゆる鳥の歌う行為なんだピヨ」 「もしかしてそれ、求愛ってやつ?」  人差し指を立てる僕にヒヨコは頷いた。 「その通りピヨ。だからいかに魅力的な歌声を披露できるかがモテる秘訣なんだピヨ。歌がヘタクソだったらメス達には見向きもされないわけピヨ」 「厳しいなぁ……」 「てなわけで、日々歌の鍛錬を欠かさないおれっぴにさえ任せておけば大丈」 「ちょっと待って」  僕はヒヨコの話に割って入る。 「何ピヨ?」 「日々の鍛錬って言うけどさ、君さっき生まれたばかりだよね?」  ふいに訪れる沈黙。破ったのはヒヨコだった。 「おれっぴは卵の中でもイメトレしてたんだピヨ! 細かいことばっか気にしてたらメス達にも嫌われるピヨ!」  短い羽を逆立たせるヒヨコに、 「ごめん、ごめんってば」  慌てて詫びた。 「まったく……おれっぴから教わるともう一つメリットがあるというのにピヨ」 「メリット?」 「ヒヨコと人間が歌の特訓をしただなんて話、メス達の前で披露すればウケること間違いなしピヨ?」 「そのネタぜひ使わせて」  素早く顔の前で手を合わせた。 「特別に許可するピヨ。その代わり歌の練習には励むピヨ?」 「もちろん!」 「よろしいピヨ。ではもう一度風呂に入るピヨ!」 「分かった!!」  僕は服を脱ぎ捨て全裸になった。            
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