10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
※
「コケコッコー!!」
鼓膜を揺さぶった大きな鳴き声。
――うわぁぁ!
僕は身を起こしながら悲鳴を上げた。はずだったが、
――あれ?
実際に声は出ていなかった。喉元を押さえる。走った痛みに顔を歪めた。
――確かヒヨコと歌の特訓をしてて……。
辺りを見回す。整列する下駄箱に「雄」と「雌」の暖簾。見覚えのある番台――いつの間にか僕は、上り框の近くに横たわっていたようだった。
「目が覚めたピヨね」
振り返って息を呑んだ。鼻息がかかる距離に巨大なニワトリの顔面があった。
「おれっぴはここピヨ」
赤く立派なトサカの隙間からヒヨコが顔を出す。
「一瞬おれっぴかと思ったピヨ? 残念だけどおれっぴ自身、まだまだ理想には届かないピヨ」
遠い目をするヒヨコに、僕は喉に手をやり口を大きく開いた。
「ピヨ? もしかして声が?」
意図が伝わったことに安堵し、ゆるめた表情を、
「やったピヨね!」
次の瞬間強張らせた。
「こうしちゃいられないピヨ」
ヒヨコがニワトリから僕の肩に飛び移る。
「合コンは今からだったピヨ?」
僕は困惑しながらも頷いた。
「母ちゃん、行ってくるピヨ」
ヒヨコがニワトリを見上げる。ニワトリはゆっくりと頭を振った。
――お母さんだったんだ。
状況についていけず、呆けていた僕の頬をヒヨコが突いてくる。
「ボヤボヤしてる暇ないピヨ、急ぐピヨ!!」
急かされて走り出した。下駄箱から靴を取り出し、引き戸を開け放ち、外へと飛び出す。
「安心するピヨ」
足を止めず肩に目をやる。ヒヨコが意味ありげな微笑を浮かべていた。
「目的地に着く頃には声が出せるようになってるはずピヨ。メス達を虜にする理想の歌声がね……ピヨ」
※
最初のコメントを投稿しよう!