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拘束衣
#3
30分後。
ベットの上で祖母は白い拘束衣を着せられ、目を瞑り荒く息をしていた。
拘束衣を着せるために男性スタッフ2人と大柄な女性スタッフが、まるで荷物を梱包でもするように祖母を手際よく身動きできないようにする様を見て、私は涙が止まらなかった。
人間の尊厳、と言う言葉が何度も頭を過り、消えていった。
母からは聞いていたが、実際に見る祖母の別人ぶりは、動揺という言葉では語れないほど衝撃だった。
伯母さんが、乱れた祖母の白髪を整えるように優しく撫でる。その横顔は窶れ、目の下の黒ずんだくまも、彼女がどれほど疲弊しているかを物語っていた。
伯母さんは呟くように言う。
「調子のいい日もあるのよ。そんな時は、認知症が治ったんじゃないか、って思うちゃうのよ。でも、さっきみたいになんの前触れもなく暴れ出すと手に負えなくなって」
母が、伯母さん近寄る。そっとその背中をさすった。
「姉さん、ごめんなさいね。何もできなくて」
伯母さんは顔を力なく横に振る。
「施設に入れることもしたくなかった。でも介護する私が母をどうにかしそうで怖かったの」
母は、しょうがないの、いいのよいいのよと言いながら伯母さんの背中をさする。介護というのはこれほど壮絶なものなのだと目の当たりにして、私は母のことをチラッと考えた。
ひとりっ子の私も、いつか母の介護をすることになるんだろうな、と。
いびきが聞こえたので見ると、祖母は口を大きく開けて寝ていた。
伯母さんは祖母の掛け布団を掛け直す。
「しばらく寝てると思うから、このままにしておきましょう」伯母さんは私に視線を向ける。「ナオちゃん、喫茶室に行こうか。ここのスィーツ美味しいのよ」
正直、そんな気持ちにはなかったが、叔母さんの心遣いを無下にできなかった。私が頷くと、伯母さんは私の手を握る。
その骨貼って窶れた手のあまりの力のなさが、私の胸を締めつけた。
喫茶室は、パティオからの柔らかな日差しの差す高級ホテルのラウンジのような場所だった。
中心には天上まである大きなクリスマスツリーが飾られ、ここがグループホームであることを忘れさせてくれた。
私たちはそれぞれ飲み物やスィーツをオーダーしたが、誰もすぐには手をつけなかった。
重い空気の中、伯母さんが話し出す。
「レビー小体型認知症は進行が早いそうなの。幻覚や幻視があって、さっきも突然、化け物が襲って来たって叫び出して、逃げなきゃだめよって騒ぎ出したの」
伯母さんは母を上目遣いでチラッと見てから拘束衣について言い訳するように語った。
施設から提案され、最初は拒んだが、祖母ひとりに何人ものスタッフを当てることができない上、何より他の入居者に危害が及ぶ危険があると言われ、嫌々承諾したという内容だった。
伯母さんは祖母を施設に入所させたことを悔いていた。私たちに同じことを繰り返し言うのも、自分自身を納得させようとしているようだった。
「私だって辛かったのよ。お母さんのあんな姿見たくなかった。でも」
「姉さん、もういいよ。世の中には仕方がないことってあるじゃない。共倒れしちゃ元もこうもないわよ。姉さんの判断は正しかったと私は思う」
「・・・そうかしらね」
伯母さんと母は肩を落とし、同時に深いため息をつく。
ため息はテーブルを伝い、床へとこぼれていった。
その時、私の耳に聞こえたクリスマスソングが、私にある思いつきを与えた。
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