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これまでの大罪人の娘 第壱章 前夜、凛の章
『宿命』
これは、自分の力では絶対に変えられない未来のことを言う。
◇
明智光秀の長女にして愛娘である凛は、わずか15歳で『政略結婚の道具』となった。
住んだこともないばかりか、行ったこともない摂津国・有岡城[現在の兵庫県伊丹市]へ行き、会ったこともない、見知らぬ男性と結婚することを命じられたからだ。
この政略結婚は、『策略』の一環でもあった。
光秀は亡き妻である煕子にこう誓っていた。
「戦国乱世に終止符を打ち、平和な世を達成したい」
と。
どんな手段を用いても誓いを守りたい光秀は……
今すぐ摂津国を手に入れ、強大な武力を得ようとしていたのである。
◇
光秀が巡らせた策略の第一弾は、荒木村重という実力者を摂津国の大名に据えることであった。
ただし。
村重は、非常に大きな問題に直面していた。
国を一つにできないことだ。
摂津国の石山[現在の大阪市中央区]という場所に……
国を飲み込むほどの恐ろしく強大な勢力・本願寺教団があったためである。
◇
教団と関係のない者を国の主である大名に据えれば、教団の影響力を最小限にできる。
光秀が荒木村重を選んだのは当然の結果であった。
ありとあらゆる汚い手段を用いて村重の競争相手を尽く抹殺していく。
類まれな智謀を持つ、凛の侍女頭・阿国は……
これが別の大きな問題を引き起こしていることを正確に捉えていた。
「光秀様。
これはつまり……
荒木村重様が、ご自身の実力で大名の地位を得ていないということになりますが?」
こう続く。
「いや。
むしろ……
村重様に、摂津国を一つにする実力など『全くない』のでしょう?」
と。
村重は元々、数ある国衆[独立した領主のこと]の一つである池田一族の家臣に過ぎなかった。
それが主を牛耳り、やがて主そのものも乗っ取った。
要するに『下剋上』で成り上がったわけだが……
そんな成り上がり者を、国の支配者と認める国衆など誰一人としていない。
国を一つにするどころか、足元を治めることすら難渋していたのだ!
だからこそ光秀は迷っていた。
そんな『危険』な場所へ、愛娘である凛を行かせて良いのかどうかを。
◇
迷う光秀の背中を、阿国が強く押し始めた。
「凛様のことは命に代えてもお守りします。
それよりも……
こうお考えになってはいかがですか?
これは、凛様の持つ才能を開花させる絶好の機会であると」
阿国は何と、危険な場所へ行かせることを絶好の機会[チャンス]だと言い切ったのだ!
これには光秀も驚きを隠せない。
「阿国よ。
これが、才能を開花させる絶好の機会[チャンス]だと申すのか?」
「凛様は物事の『本質』を見抜く才能をお持ちです。
ただし、今はまだ才能を開花させていません。
この才能は……
困難な状況の中で闘うことで、ようやく開花するものだからです」
と。
『戦い』と『闘い』は違う。
戦いとは、勝ち負けを決めるために争うことを意味する。
だからこそ絶対に勝たねばならない。
勝つためなら、どんなに汚い方法を使っても構わない。
正面から正々堂々と挑むなど馬鹿がすることだ。
むしろ相手を徹底的に煽り、唆し、利用し、操り、騙し、欺くべきである。
一方。
闘いとは、どんな方法を使うかが肝心であって勝ち負けは二の次となる。
暗闘、苦闘、闘病など、困難な状況を乗り越える際に使う言葉であり、汚い方法を使うかどうかで悩む必要はない。
到底、敵わないような『難敵』に対して挑むのだから。
◇
阿国と光秀の会話は続く。
「凛様の『使命』は……
荒木家に限らず、摂津国の全ての人々を信長様に従わせることです」
「うむ」
「ただし、使命を果たすには極めて困難な状況でしょう。
大名である村重様が……
摂津国を一つにするどころか、足元を治めることすら難渋しているからです」
「……」
「しかも。
荒木家にとって、凛様は『よそ者』に過ぎません」
「……」
「『この国をろくに知らない女子が何を申すか』
などと、荒木家の一族や家臣から厳しい言葉を浴びせられる可能性もあるでしょう」
「……」
「凛様は感情の起伏が激しい御方。
心無い言葉に深く傷付き、強い諦めの気持ちに苛まれてもおかしくはありません」
「よそ者であるために『外』との闘いを強いられ……
己の弱さとの『内』なる闘いも強いられるのか」
「はい。
この状況を打破するには、己の感情や目先のことに囚われず、己の『目的』が何かを見失わないことが肝心です。
国を一つにすることが目的であって、争いの種を撒くことが目的ではないからです」
「その通りだ。
誰かが吐く心無い言葉にいちいち腹を立て、そういう者を全て敵と見なしてしまうようでは……
使命を果たすどころか、争いの種を撒き散らすだけの存在に成り果ててしまうからな。
『辛抱』が試されるときぞ」
「辛抱強くあるためには……
こう考えることが大事だと思っています。
『なぜ、そんな言葉を吐いてしまったのか?
相手が辛い状況に置かれているからか?
あるいは己のどこかに過ちがあり、知らずに相手を傷付けてしまっていたからなのか?』
と」
「そうやって常に『相手の立場』になって考えていれば、結果として人々を一つにし、大きな成功を収めることができるだろう。
阿国よ。
素晴らしい考え方ではないか」
「有難き幸せです。
光秀様」
「仮に『正しい』ことだとしても。
己の正しさだけを押し付ける、中身が子供のまま歳だけ取ったような愚か者は……
人々を一つにするどころか、争いを引き起こすだけの有害な存在でしかない」
「『正しさに拘ってはならん』
口癖のように、光秀様は何度も仰っていました」
「ははは!
よく覚えているのう」
「正しさに拘るよりも、相手の立場になって考え、他人から謙虚に学ぶことで……
人は『成長』するものでしょう?」
「その通りだ!
この困難な状況は、凛を成長させる絶好の機会[チャンス]となるに違いない!」
「はい、必ずや……!」
◇
「わたくしは……
ずっと探していました。
『人は、特別な存在なのでは?
何らかの意図を以って生み出され、果たすべき使命を与えられていると考える方が自然でしょう?
銭[お金]を増やすこと、楽しむこと、有名になること、このことばかりを追求する生き方が、人らしい生き方であるはずがない!
そうならば……
わたしは、どんな生き方をすればいいの?』
と。
この答えはまだ見付かりません。
でも。
その前に……
わたくしは、父上の娘でしょう?」
「凛……」
「宿命には逆らえないのでしょう?」
「……」
「行きます」
覚悟を見せた愛娘に対して、光秀は一つの質問をする。
「では問おう。
そなたが闘うべき『真の敵』とは、誰なのか?」
と。
凛は、もっと敵を知り……
真の敵が誰なのかを正確に見分ける能力を身に着ける必要がある。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」
父は2つのことを愛娘に教え始めた。
まず1つ目は……
『戦いの黒幕』という敵のこと。
そして2つ目は……
黒幕を生み出した『歴史』について。
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