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これまでの大罪人の娘 第弐章 戦国乱世、お金の章
『お金』
人間の生活を豊かで楽しくした一方で、使い方を間違える愚かな人間によって戦国乱世という災いを齎したもの。
◇
「1つ目は、『戦いの黒幕』という敵のこと」
父はまず……
戦いの黒幕の6人目に当たる『民』に注目させた。
大勢の民が槍や刀などの武器、身を守る盾、弓矢や弾丸などの消耗品、甲冑や衣服などを作る仕事をしていた。
加えて。
武器の原料となる鉄、盾の原料となる木材や竹、衣服の原料となる木綿などを作る仕事もあった。
さらに旗、幕、兵が寝る道具、兵糧を入れる箱や紙、水筒作りまであった。
戦争は、ありとあらゆる民の『生活』を支えていた。
戦争がなくなってしまうと……
大勢の民が仕事を失い、収入を失い、路頭に迷うことになってしまうのだ!
凛は、ある大胆な仮説へと辿り着く。
「父上。
戦で生活が成り立つ大勢の『民こそが、戦いの黒幕の6人目』であると仰りたいのですか?」
と。
◇
肯定も否定もせず、父はさらに話を続けていく。
「それだけではないぞ。
銭[お金]そのものを欲する『民』もいるからな」
そして凛は……
現代の人々の多くが忘れてしまった、ごく当たり前の真理を口に出す。
「銭[お金]は、モノの価値を計るために存在しているのでしょう?
銭そのものには何の価値もないではありませんか」
と。
父は……
戦争で生活が成り立つ民衆と、お金そのものを欲する民衆こそが、戦いの黒幕の6人目であると言っていた。
果たして、それだけなのだろうか?
◇
続いて父は、戦争の『素人』について語り始める。
「例えば、およそ100年前に起こった応仁の乱」
「応仁の乱?
書物で読みましたが……
細川勝元が率いる東軍16万人と、山名宗全が率いる西軍11万人が、11年も続く泥沼の戦をして京の都を灰にした、あの?」
「考えてもみよ。
そもそも、両軍合わせて27万人も集まるなど『おかしい』ではないか」
「おかしい?
確かに多すぎるとは思いましたが……
あっ!
ま、まさか!
集まった兵のほとんどが『民』であったと?」
「報酬の銭[お金]に釣られて集まった戦の素人どもだ」
「戦の素人たちがそんなに大勢集まったら……
収拾が付かない事態に陥るような気がします」
「見事な見立てではないか。
両軍とも兵を集めるのに必死で、報酬の銭[お金]がどんどん釣り上がっているのを知った戦の素人どもは……
『今日は敵の東軍へ寝返るか?
数日前に西軍へ寝返ったばかりだが』
こう話すようになったという」
「何の罪悪感も抱かず、報酬の高い側への寝返りを繰り返したと?」
「それだけならまだいい。
奴らはもっと質が悪かった」
「何をしたのです?」
「こう考える奴らが現れた。
『弱い者から力ずくで奪えば済む話では?
ちょうど戦で稼いだ銭[お金]が全て博打や女遊びに消えてしまっていてな……
困っていたところよ。
早速、今夜から稼ぎまくろうぞ!』
とな」
「武器を持っているのを良いことに強盗まで働くなんて……
恥知らずの、人でなし!
父上。
両軍の総大将は一体何をしていたのです?
こんな蛮行を見て見ぬふりをするなんて、おかしいではありませんか!」
「いかに優れた大将であっても……
戦の素人どもが数十万人も集まったら、どうしようもない。
あまりにも数が多すぎて手に負えん」
「話をまとめますと。
戦いの黒幕の最後の6人目にして、戦国乱世という『災い』を齎した民とは……
1つ目は、戦で生活が成り立つ民。
2つ目は、銭[お金]そのものを欲する民。
3つ目は、戦の素人である民。
この3つなのですね」
「そうだ」
◇
「凛よ。
そして2つ目の……
戦いの黒幕を生み出した『歴史』について話そう」
続いて父は、貨幣[お金]の普及に貢献した人物の紹介を始めた。
平安時代末期に藤原摂関家などの公家[貴族のこと]から政治権力を奪い取って日本初の武家政権を確立させた日本史上有名な人物・平清盛のことである。
彼は一途にこう思っていた。
「物々交換よりも、貨幣[お金]を使って売り買いする方がはるかに便利ではないか。
貨幣[お金]が普及すれば、飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを介さない商売[サービス業のこと]も盛んになるだろう。
人々は思い思いの場所で飲食し、船などに乗って旅行し、豪華な宿や趣きのある宿に宿泊し、地域の芸能を観て、様々な音楽を聴くことができるようになる!
人々の暮らしは、今よりもずっと豊かで楽しくなるに違いない!」
と。
「わしは……
人々の生活を豊かにし、楽しくして、人の役に立ちたい!
わしは、貨幣の普及に己の人生を賭けよう」
英雄と呼ばれるに相応しい、この『決断』が……
お金の普及と現代に至る神戸市の発展を決定付けたと言っても過言ではない。
◇
賭けは見事に当たった。
清盛の予想をはるかに超え、貨幣[お金]は恐るべき早さで日本全国へと普及していく。
福原[現在の神戸市中央区]の港はお金を欲しがる人々でごった返し、ありとあらゆる富が平氏一族に転がり込んで来た。
同じ『武家』でも格上の地位にいた源氏などを財力で圧倒し、お金に物を言わせて権力の象徴である官位を次々と買収したことで、武家にとって雲の上の存在であった『公家[貴族のこと]』から政治権力までも奪い取った。
こうして日本初の武家政権を確立させた清盛は、平氏一族に永遠の繁栄を齎したかのように見えたが……
お金は、お金を普及させた清盛自身も、その恩恵に浴した平氏一族をも幸せにすることはなかった。
むしろ『災いの連鎖』の始まりであった。
◇
「実力もなく、何の実績も上げない者が……
ただ平氏というだけで!
贅沢三昧の生活を送り、分不相応な地位まで得て我らを顎で使っている!
一方で我ら源氏には……
いくら実力を磨いても、いくら実績を上げても、何の機会もやって来ない!」
平氏への嫉妬と憎悪をひたすら募らせた源氏は、ついに爆発する。
『源平の争い』である治承・寿永の乱が勃発した。
お金の普及は、日本史上最大の内戦を引き起こすという災いを招いたのだ!
◇
1192年。
平氏を滅ぼした源頼朝は、鎌倉幕府を開く。
あの徳川家康も尊敬し、真似したと言われるほど……
鎌倉幕府は見事な『組織』であった。
問題が生じても、自分たちで勝手に裁いて報復することを決して許さない。
主である幕府に全ての裁きを仰がせた。
これでは戦争は起こりようがなく、およそ100年続く平和を達成する。
平和は……
飲食、交通、観光、芸能や風俗などのモノを介さない商売[サービス業のこと]を盛んにした。
ありとあらゆる場所に市[商店街のこと]ができ、モノを売買する店に加えて飲食、宿、芸能や風俗を提供する店も次々と出現した。
これらの場所で働くために大勢の民が農地を離れ始めた。
そしてお金は、人間の心の中へと入り込む。
心に根を張り巡らせ、やがては心を蝕み、人間そのものを『腐敗』させてゆく。
「平和だ!
安全だ!
より良い時代になったものだ。
お金は、ありとあらゆる楽しみを与えてくれる。
そして。
もっとお金があれば……
生活はもっと豊かになり、もっと楽しくなるに違いない。
もっと、もっと多くのお金を得よう。
お金こそがわたしたちを幸せにしてくれる、わたしたちの神だ!
より多くのお金を得ることこそ、人の生きる『目的』ではないか!」
こうして生きるための手段に過ぎないお金が、人間の生きる目的へと変わっていく。
目的と手段を履き違えた愚かな人間がお金の『奴隷』と化したことで……
災いの連鎖は断ち切れるどころか、より大いなる災いを齎そうとしている。
秩序が脆くも崩壊する日。
その日は、刻々と迫っていた。
◇
さて。
宋との貿易において日本は、金や銀、木材、刀などを売って宋銭を買っていた。
ただし。
宋銭はお金に過ぎず、お金そのものには何の価値もない。
モノの価値を計る『物差し』に過ぎない。
凛は、問題の本質に近付きつつあった。
「宋へ価値あるモノを渡すのと引き換えに……
日ノ本は、ただの物差しを得るだけ?
取引をすればするほど、日ノ本はますます貧しくなるのでは?」
と。
◇
凛の話は続く。
「もしや!
日ノ本の人々は、宋にまんまと『欺かれて』いたと?」
「よくぞ見抜いたのう」
父の顔から笑みがこぼれた。
「実際には宋だけが得をし、日ノ本は損をする取引であること。
わたくしと同じように……
宋との貿易の『真実』に気付いた人たちもいたと思います」
「……」
「その人たちは、逆のことを始めたはず」
「逆とは?」
「宋銭を売って、金や銀、米などに換えることです」
「……」
「どこかを境にして、宋銭の価値が下がり、モノの値段が上がったのではないでしょうか?」
「そうだ。
ある日を境にして、宋銭の価値が下がり、モノの値段が上がり始めた」
「問題はその後です。
父上は、こう申されました。
『大勢の民が農地を離れ始めた』
と」
「うむ」
「これでは……
食べ物など生活に必要なモノの値段が、『もっと』上がるではありませんか」
「そうなるのう」
「もしも……
天変地異[自然災害のこと]が起これば、恐ろしい災いになってしまいますが?」
「何っ!?
そなた……
そこまで見通したのか!」
◇
凛が見通したことは、現実に起こっていた。
モノの値段が上がった日本を、自然災害が次々と襲った。
台風や豪雨による洪水、これに干魃も加わった飢饉、そして大地震に疫病……
自然災害は、モノの値段をさらに高くした。
飢え死にするくらいならば、他人から力ずくで奪い取ってでも生き残ろうとする者が現れた。
強盗や殺人が世にあふれた。
食べ物を求めて各地で暴動が起こり、鎌倉幕府への反乱も起こった。
大勢の人間が、お金との付き合い方を忘れ……
いつしかお金の『奴隷』と化してしまったのだ。
お金は人間が生きる目的ではなく、生きるための手段に過ぎないのに。
こうして秩序は脆くも崩壊した。
強盗や殺人が世にあふれ、各地で暴動や反乱が起こって日本全土が無法地帯と化したのである。
この物語を書いている現在。
感染症による経済対策でお金を増やし過ぎた結果として未曾有の物価高騰[インフレ]を招き、債務問題[先進国から借りたお金を返せない状態、デフォルト危機のこと]を抱える国家が途上国を中心に増え、増税で生活苦に陥った国民が先進国などへの憎悪をひたすら募らせている今の状況が……
この当時と『酷似』していることに、わたしは戦慄を覚えている。
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