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命の引越し
齢八〇になる老女がつぶやいた。
「命はどこに引越しするかねえ。天国に引越し、それならいいわ」
(天国に引越しできるかどうかわかるものか。確証がないね)
「地獄に引越しするかもしれない。ああ、それだけはやめて」
(宇宙に引越しなら、あり得るかねえ)
老女は、死期が迫っていると感じているのか、命の行く末を案じるように独り言が多くなっていた。
そのころは、まだ…。
三十年後
老女は百十歳になっていた。死期なんて、この老女に存在するのだろうか。そう感じさせるほど、肌が生き生きとしていた。老女には娘や息子がいたが、それぞれとうの昔に亡くなっていた。老女が百歳になったとき、彼らも七十後半の歳だ。娘も息子も癌を患い、亡くなった。彼らの子供たちも、今では中高年になり、やがて老人への階段を上っていくだろう。老女には、そんな年の流れは全く関係ないようだった。
さらに十年後
老女は、百二十歳。ピンピンして、とは言い難いが、日常の生活は支障がないようだった。
老女は未来型老人ホームという、研究室で暮らしていた。老女は、知らず知らず研究の対象とされ、常に監視されていた。研究という名のもとに、様々な薬を与えられていた。飲み薬、塗り薬、ワクチン、などなど種類は枚挙に遑がなかった。
老女は、いつからこの老人ホームに入所するようになったのか。本人は、覚えていないのだ。ただ、宇宙に引越しならありえるかね、なんてつぶやいた八十歳の頃までの記憶はあるらしい。
本当に、宇宙なら老女にとって、最善の引越しなのだろうか。魂は、うつろになっても肉体は滅びず、引越しを繰り返すばかりかもしれない。現在、老女の肉体は元の老女の肉体ではなく、ほかの誰かから引っ越されてきたものかもしれないのだ。
そうだとしても、老女はこれからも生きていくだろう。まさに、宇宙のような計り知れない存在として…。
了
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