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でも殿の今の状況や、義母上様に見向きもされない孤独なお心を考えると、本当においたわしくて・・・何とか私が助けになれたらと願わずにはいられないのよ・・・。
けれども殿は私に対して、どのように想っておられるのか、全くわからないし。一緒にお話したり、稽古したり、野で遊んだりと嫌われているようではないけれど、いまだ夜はお泊りにはならない・・・どのように想ってよいものか心乱れているのよ。」
「姫様は、あの侍の正体が信長様と知って、どのように思われましたか?」
「正直、すごく納得がいったし、今までの疑問が解けたわ。それに・・・。」
「それに?」
「殿があの侍だったと知って、とても安心したし、嬉しかった。殿との知恵比べには負けて悔しいけれど、きっと心のどこかで、あの侍が信長殿だったら良いのに・・・と思っていたのね。」
「そうですか。それならば姫様は間違いなく、信長様のことをお慕いしておられますね。しかも光秀殿の時よりもずっと深く・・・。」
「各務野・・・」お濃は、各務野の言葉を聞いて、初めて自分の気持ちを確信した。
「姫様、侍の正体と姫様ご自身のお気持ちがわかった以上、直接信長様に、姫様の想いをお伝えなされませ。姫様の真心が伝われば、必ずあの信長様でも、お心を開いてくださるはずです。」
お濃はしばらく目を閉じ、自分の心を見つめ直した。そして、静かに口を開いた。
「各務野、励ましてくれてありがとう。ようやく私も自分自身の心の内が見えました。たとえ殿にどのように思われようと、私の想いは私のもの。きちんと想いを殿に伝えて、真の夫婦になれるよう努力するわ。」
「必ず姫様の真心は通じますよ。もしかしたら、信長様も姫様の事を想っておられるものの素直になれないだけかもしれませんし。」
「そうみえるかしら?各務野には」
「ええ、姫様にとても関心をお持ちのように思います。そうでなければ、毎日姫様のお部屋を訪れることはしないでしょう。」
「そうだといいけれど・・・。まず殿に直接会って、聞いてみるわ!」
各務野は、お濃の真心が信長に届くことを、心から願っていた。
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お濃が信長を探していると、信長は那古野城を訪れていた土田御前と廊下で話しているのを見かけた。お濃は二人に気づかれないように、少し離れた障子の陰で二人の会話を聞いていた。
「自分の産んだ子とはいえ、そなたは毎日異形な恰好で遊びまわり、とても領主の器とは思えぬ。情けない・・・なぜ信秀殿はそなたを買っているのか、わらわはとうてい理解できぬ。」
「母上、そんなにおっしゃるのなら、信行を盛り立てるがよい」
「是非そうさせて頂きます。私は信行がことのほか可愛い。そなたには愛情を抱けぬ。」そう言うと、土田御前は信長の横を通り抜けて、その場を去っていった。
(実の母親からあんな言い方をされるなんて・・・何て、おかわいそうな殿・・・・・。)
土田御前が去った後、平静を装っていた信長の頬に、一筋の涙が静かに流れ落ちているのをお濃は見逃さなかった。
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