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「表を上げよ」信長が声をかけると、竹千代はゆっくり顔を上げ、美しいお濃の姿を目にした瞬間、驚きで目を見開いた。
「何をそんなに驚いておる?マムシの娘がおろちではなかったからか?」信長はからかうように笑った。
「そ、そんなことはありません!お初にお目にかかります。松平竹千代です!」竹千代は慌てて挨拶をした。
「まぁ、とても可愛らしい若君だこと。竹千代殿というと、三河の松平家の方ですね。
初めましてお濃です。竹千代君、これからどうぞよろしくお願いいたします。
それにしても、そんなに驚かれているということは、殿が私のこと、そうとう怖いおなごだと言って怖がらせたのですか?」お濃は微笑みながら言った。
「いいえ、この竹千代。マムシの娘と聞いて、蛇やおろちのような恐ろしい形相をしているのかと・・・」竹千代は照れながら答えた。
「ホホホ・・・それで“おろち”かと思って、予想と違っていたから驚いたのですね。竹千代君は正直でとても好感がもてますわ。」
「だから俺も竹千代が好きなのだ!何も取り繕わず、正直で頑固者だ。”三河の弟“と呼んで可愛がっておる。」信長も満足そうに竹千代を見つめた。
「まぁ・・・殿が・・・・・・。私も是非竹千代どのと親しくなりたいわ。竹千代君、マムシの娘とも一緒に遊んでもらえるかしら?」
竹千代は初めてみるこの美しい姫君に優しく微笑みかけられて、嬉しくて胸が高まった。ただ信長と同じように強情な竹千代はそれを表に出さまいと必死に隠した。
「遊んであげてもかまわないよ。竹千代は。」
「おうおう、ずいぶん偉そうだな。マムシの娘にそこまで堂々した態度を取れるそなたはたいしたものだ。なぁお濃。」
「はい。とても面白き若君にございまする。」
その日以降、竹千代は時折お濃のいる那古野城にも遊びにくるようになり、信長だけではなくお濃にもどんどん懐いていくようになった。
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「殿、竹千代君はとても可愛い若君にございます。殿が可愛がるのも無理ないかと。」
「なぜそう思う?」
「まず、とても負けず嫌いで、忍耐強く、決して弱音は吐きませぬ。余計な事も話さず、あの幼い年齢でとても賢い。」
「なるほどな。」
「将来見込みがある若君とお見受けいたしました。」
「そなたはなぜ竹千代を可愛がる?」
「殿と同じ理由でございます。それに竹千代君を見ていると、美濃にいる弟達を思い出します・・・私の弟達は竹千代君ほど賢くはありませんが・・・。」
お濃はふと寂しそうな表情を浮かべた。
「そうか。とにかく竹千代は尾張にいる間、我らが守ってやらねば。頼むぞ。」
「はい、心得ております。」
「よし。では出かけてくる。今日の夕餉は共にできぬゆえ、待たなくてよいぞ。」そう言って、信長は出て行った。
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