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その後、私達はそれぞれの生活へと戻った。
姪を引き取れなかった申し訳なさから、私は姪の前へ姿を現すことは避けた。
そんな私を見兼ねたのか、ミスオーガンザは時折私を呼び出し、姪の様子を伝えてくれた。
姪の成長に喜びを感じると同時に、兄を失った悲しみも蘇り、それはミスオーガンザも同じだった。大切な家族を失った傷は、どうしても癒えないのだ。
私達はそのたびに、傷を舐め合うよう、ただそっと抱きしめ合った。男女関係になどならない、ただ同じ痛みを持つ同士のように。私は確かに、そう信じていた。
そして、何度目かの、寒い季節が巡ってきた、ある日。私は、ミスオーガンザの会社の応接室で、ソファに座り、デスクに寄りかかって立つミスオーガンザをぼんやりと見ていた。
「ミスター、元気がないようだが」
「あ……いえ……大した事では……」
私は言い淀む。
「顔はそうは言っていないぞ。私でよければ聞いてやるが」
「……実は」
私は間をおき、言葉を続けた。
「妻に、他に好きな男ができたから、別れたいと言われまして……独り身になってしまいました」
「そうか。それは辛いな」
「……いいえ、いつか、こうなるような気はしていたんです」
私を気遣う表情のミスオーガンザに、胸が苦しくなる。そうやって気遣ってくれるのは、彼女くらいだ。
「妻は、いつも不満そうに私を見ていました。私なりにやってはきましたが、彼女を満足させられるような男ではなかったのでしょうね。寂しくはありますが、彼女が幸せになれるなら……」
私がそう言うと、ミスオーガンザは口の端を上げて笑った。
「普通の女には、ミスターの良さが分からないのだよ。宝の持ち腐れだったという事だ。気にするな」
「はは……そう言って下さるのは、あなたくらいですよ」
そう言って苦笑いする私。ミスオーガンザはデスクから離れると、私の横に座ってきた。
「そうさ。ミスターの素晴らしさは、私にしか理解できないのだよ」
彼女はそう言うと、私に両腕を回す。
「そして、誰にも見せない私を理解できるのは、ミスターだけだ」
私も、彼女の背に腕を回し、彼女に応える。
「ええ……あなたが望む限りは……」
そうして私達は、癒えない傷を舐め合い続ける。
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