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私達は、何日か共に過ごすうちにだいぶ打ち解けていた。というより、一方的にこちらの事ばかり聞き出されていた。妻でさえまともに取り合おうとしない私の話を、ミスオーガンザはなぜか楽しそうに聞いている。
気づけば、彼女は馬車の中で私の隣に座るようにまでなっていた。
だが、それでのぼせ上がるほど、私は自分を価値のある男だと思っていない。左隣にいる彼女の手が、私の手に重ねられてきた時、私はたまらず彼女に言った。
「私みたいな男をからかって、どうするのですか」
「からかってなどいない」
手を離そうとする私だったが、すぐに指を絡められてしまう。私は、驚きながら彼女を見る。その顔は、何か縋るものを求めているように見えて、私は戸惑う。
身動きが取れないままの私に、彼女は口を開いた。
「もうずっと、誰かに弱味を見せる事などなかったというのに。あなたの前では、そんな自分が崩れていく」
「……それも、男の中を生き抜く手練手管のひとつなのですか」
「違う。今だけは、決して」
私の手を握る彼女の手が、汗ばんでいるのを感じる。
「この世に、あの子がいない事が、怖くてたまらない。いつも笑顔で、私を慕ってくれたあの子が、苦しんで死んだなど、そんな、そんなわけが、ない」
彼女の顔が青ざめていく。私の手を、これ以上ないという程強く握る。彼女の瞳は、熱に浮かされたように潤み、暗く光って見えた。
「ミスター。あなたが私の元に来なければ、私は妹が幸せに生きていると思ったまま過ごせていたんだ」
彼女の手は、私の手を離れ、そして両手が私の肩を包む。
「ミスターの言う事など全て嘘だと、無視してしまえばよかった」
肩から、彼女の手は、私の首に移る。そして、彼女の細く長い指が、私の首を包み込んだ。
「ここであなたの命を奪って、誰にも見つからないよう始末して、そして私は来た道を戻ればいい。そうすれば、妹は人間と駆け落ちなどせず、今もどこかで幸せに生きている事にできる。村にあるのは、別人の墓と、私と何の関係もない不幸な子供だけ」
彼女の手に、力が入る。私の首が絞まる。でも、私は抵抗できなかった。
息ができない苦しさの中で、私は手を伸ばす。彼女の、涙が流れる頬に。そして、指でそっと、その涙を拭った。
そこで、私の意識は途切れた。
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