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「明日引っ越しだから」
「……えっ?」
母さんの言葉に、わたしは自慢の耳を疑った。だって、引っ越しなんていう一大イベントを、「明日雨だから」みたいに言われたんだもん。
残りのアイスクリームをバクッと頬張り、呑気にウサギの写真集を見ている母さんに飛びつく。
「引っ越しって引っ越し?」
「それ以外に何があるのよ。住む場所が変わる引っ越しよ」
「えー! なんで今日言うのさ! わたし、何にも準備してないよ! それに友達にお別れだって言ってない!」
アイスの棒をブンブン振り回しながら金切り声を上げる。すると母さんは不思議そうに頭をひねった。
「準備なんていらないじゃない」
「はあ! 呆れた! 母さんったら大事なものがないの? わたしは本やら洋服やらいろいろ持って行きたいの! それに卯佐美とか友達みんなに最後の挨拶したかったよ!」
怒りに任せてその場でビョンビョン跳ねると、母さんはやっと写真集から顔を上げた。
「もう、落ち着いてちょうだいな。全部一緒に行けるじゃない。ねえ、父さん」
少し離れた場所で安楽椅子に腰をかけていた父さんが「んー?」と言いながらこっちを向く。
「引っ越しの準備なんていらないわよね」
「ああ。夜の十二時になれば勝手に引っ越ししてくれる」
ウサギの細工が付いた壁掛け時計を見ると、あと三分で夜中の十二時になる。今日はせっかくの土曜日だから、家族みんな夜更かしをしていたのだ。
「それって誰かが家に入って、勝手に引っ越し作業をするってこと? うへえ! 嫌だ、そんなの!」
わたしが顔をしわくちゃにすると、父さんは困ったような顔で手招きをしてきた。
父さんと一緒に窓の外を覗き見る。すると、窓の下の壁に昨日までは無かったはずの筒が付いていた。よく見ると、筒は窓の下に一つ必ずついている。
「あれが動力になって、この家ごと宇宙に飛ばしてくれるぞ」
「……宇宙?」
「住む場所が変わるだけだって言っただろう」
この言葉で、わたしは目を覚ました。
「……変な夢」
わたしはフラフラと窓の方へ歩いて行き、カーテンを開けた。
外に広がるのは、果てしない銀河。
灰色の地面はクレーターだらけ。
遠くの方には青い星が小さく見える。
「……あの星を見ると、どうして泣きたくなるんだろう」
わたしは涙で濡れた目尻をグイッと擦った。
「――あの子、この頃地球のことを思い出してるみたい。元気が無かったり、地球の方をぼんやり見てたりすることが多いの」
「そうか。完全に思い出して混乱する前に手を打たないとな」
「最初に聞いた時は驚いたけどね。うさぎが代表して宇宙に移住だなんて」
「でもうさぎの存在は確認されていたから、宇宙人たちも友好的じゃないか。きっと政府もすぐに残りの地球の生物たちを連れてくるさ。そしたらあの子も元気になる」
「そうね。それまでの辛抱だわ」
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